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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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「『歎異抄』に聞く」を聞く
TANNISHO

2019年6月27日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。-後序-

27日更新!ギリセーフってことで許してください。メチャクソ長いです、サーセン。

梅雨の時期、草木が青々と萌ゆり、虫も元気になっちゃって、廣河は萎え萎えです。皆さんいかがお過ごしですか。新潟では先日大きな地震もあってびっくりしちゃいましたが、廣河と三条別院は無事です。いつでもお見舞いにご来院ください。

さて、廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第12回目です。5月28日(火)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は三条教区18組永傳寺(新潟市西蒲区漆山)の本多智之氏に、『歎異抄』「後序」を主題にご法話頂きました。

『歎異抄』-後序-

【本文】

右条々はみなもって信心のことなるよりおこりそうろうか。

故聖人の御ものがたりに、法然聖人の御とき、御弟子そのかずおおかりけるなかに、おなじく御信心のひとも、すくなくおわしけるにこそ、親鸞、御同朋の御なかにして、御相論のことそうらいけり。

そのゆえは、「善信が信心も、聖人の御信心もひとつなり」とおおせのそうらいければ、勢観房、念仏房、なんどもうす御同朋達、もってのほかにあらそいたまいて、「いかでか聖人の御信心に善信房の信心、ひとつにはあるべきぞ」とそうらいければ、「聖人の御智慧才覚ひろくおわしますに、一ならんともうさばこそ、ひがごとならめ。往生の信心においては、まったくことなることなし、ただひとつなり」と御返答ありけれども、

なお、「いかでかその義あらん」という疑難ありければ、詮ずるところ聖人の御まえにて、自他の是非をさだむべきにて、この子細をもうしあげければ、法然聖人のおおせには、「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。別の信心にておわしまさんひとは、源空がまいらんずる浄土へは、よもまいらせたまいそうらわじ」とおおせそうらいしかば、

当時の一向専修のひとびとのなかにも、親鸞の御信心にひとつならぬ御こともそうろうらんとおぼえそうろう。いずれもいずれもくりごとにてそうらえども、かきつけそうろうなり。

露命わずかに枯草の身にかかりてそうろうほどにこそ、あいともなわしめたまうひとびとの御不審をもうけたまわり、聖人のおおせのそうらいしおもむきをも、もうしきかきまいらせそうらえども、閉眼ののちはさこそしどけなきことどもにてそうらわんずらめと、なげき存じそうらいて、

かくのごとくの義ども、おおせられあいそうろうひとびとにも、いいまよわされなんどせらるることのそうらわんときは、故聖人の御こころにあいかないて御もちいそうろう御聖教どもを、よくよく御らんそうろうべし。おおよそ聖教には、真実権仮ともにあいまじわりそうろうなり。権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちいるこそ、聖人の御本意にてそうらえ。かまえてかまえて聖教をみみだらせたまうまじくそうろう。大切の証文ども、少々ぬきいでまいらせそうろうて、目やすにして、この書にそえまいらせてそうろうなり。

聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐そうらいしことを、いままた案ずるに、善導の、「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしずみ、つねに流転して、出離の縁あることなき身としれ」(『観経疏』散善義)という金言に、すこしもたがわせおわしまさず。

されば、かたじけなく、わが御身にひきかけて、われらが、身の罪悪のふかきほどをもしらず、如来の御恩のたかきことをもしらずしてまよえるを、おもいしらせんがためにてそうらいけり。まことに如来の御恩ということをばさたなくして、われもひとも、よしあしということをのみもうしあえり。

聖人のおおせには、「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来の御こころによしとおぼしめるほどにしりとおしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、あしさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」とこそおおせはそうらいしか。

まことに、われもひともそらごとをのみもうしあいそうろうなかに、ひとついたましきことのそうろうなり。そのゆえは、念仏もうすについて、信心のおもむきをも、たがいに問答し、ひとにもいいきかするとき、ひとのくちをふさぎ、相論をたたかいかたんがために、まったくおおせにてなきことをも、おおせとのみもうすこと、あさましく、ばげき存じそうろうなり。このむねを、よくよくおもいとき、こころえらるべきことにそうろうなり。

これさらにわたくしのことばにあらずといえども、経釈のゆくじもしらず、法文の浅深をこころえわけたることもそうらわねば、さだめておかしきことにてこそそうらわめども、古親鸞のおおせごとそうらいしおもむき、百分が一、かたはしばかりをも、おもいいでまいらせて、かきつけそうろうなり。

かなしきかなや、さいわいに念仏しながら、直に報土にうまれずして、辺地にやどをとらんこと。一室の行者のなかに、信心ことなることなからんために、なくなくふでをそめてこれをしるす。なづけて『歎異抄』というべし。外見あるべからず。


後鳥羽院御宇、法然聖人他力本願念仏宗を興行す。于時、興福寺僧侶敵奏之上、御弟子中狼藉子細あるよし、無実風聞によりて罪科に処せらるる人数事。

一 法然聖人並御弟子七人流罪、また御弟子四人死罪におこなわるるなり。聖人は土佐国番田という所へ流罪、罪名藤井元彦男、生年七十六歳なり。

親鸞は越後国、罪名藤井善信、生年三十五歳なり。

浄円房備後国、澄西禅光房伯耆国、好覚房伊豆国、行空法本房佐渡国、幸西成覚房・善恵房二人、同遠流にさだまる。しかるに無動寺之善題大僧正、これを申しあずかると

遠流之人々已上八人なりと

被行死罪人々。

一番 西意善綽房

二番 性願房

三番 住蓮房

四番 安楽房

二位法印尊長之沙汰也。

親鸞改僧儀俗名、仍非僧非俗。然間以禿字姓被奏問畢。彼御申状、于今外記庁納

流罪以後愚禿親鸞令書給也。

右斯聖教者、為当流大事聖教也。

於無宿善機、無左右不可許之者也。

釈蓮如御判

【私訳】

右にかかげた八ヵ条(第十一章~十八章)の意義は、真実の信心に異なることから起こってきたものであろうか。

いまは亡き親鸞聖人は、かつてこのようなことを話されていた。法然上人がご在世のとき、弟子はたくさんおられたが、その一方で真実の信心に生きるひとは少なかったので、私(親鸞)は、同門のひとたちの間で、信心についての論争をしたことがあった、と。

というのは、親鸞聖人が「私(善信)の信心も、法然上人のご信心もひとつである」とおおせられたところ、勢観房や念仏房などという同門の人たちが、意外なほどに語気を強めて反論し、「どうして法然上人のご信心と善信房の信心が一つであろうか」といわれたので、「法然上人の知恵や学識が広く優れておられるのに、もしそれと私がひとつだというのであれば、それこそまったくの心得違いであろう。しかし往生の信心にあっては、まったく異なることはない。ただひとつである」とお答えになったけれども、それでもなお、「どうしてそのようなことがいえるのだろうか」という疑いや非難があったので、結局、それでは法然上人の前で、自分と相手のどちらの主張が正しいかを決めることになり、詳しい事情を申し上げたところ、法然上人は「源空(法然)の信心も、如来からいただいた信心である。また善信房(親鸞)の信心も、如来からいただかれた信心である。だから、まったくひとつなのだ。もしこの信心と異なる信心の方は、源空が参ろうとしている浄土へは、よもや往くことはないだろう」とおおせになられたのである。

だから昨今の、ひたすら念仏のみに生きるひとの中でも、親鸞聖人の信心とひとつではないということもあるだろうと思われる。どれもみな同じことの繰り返しではあるけれども、書きつけたものである。

露のようにはかないいのちが、枯れ草のように老いさらばえたこの身に、わずかに残っている間に、共に連れ立って念仏の教えを歩まれた方々の疑問をもお聞きし、親鸞聖人の教えられた教えを、お話してお聞かせすることもあろうが、この私の目が閉じた後は、さぞかし様々な考えが入り乱れ、混乱することになるであろうと歎かわしく思われてならない。

また、このような議論などを言い合っている人々の中において、もしそのようなことで迷わされるときには、今は亡き親鸞聖人がお心に適って用いられたお聖教などを、よくよくご覧になるが良い。およそ聖教には、真実がそのまま説かれた部分(真実)と、真実に導きいれるために説かれた部分(権仮)とが混じり合っているのである。その中から権仮の部分を差し置いて、真実の部分を用いることこそが、親鸞聖人の御本意なのである。どうかくれぐれも、聖教を読み誤らないように注意していただきたい。そこで証拠となる大切な証文などを少々抜き出して、わかりやすいかたちで、この書に添えさせていただくことである。

親鸞聖人が常々おおせになっていたお言葉に、「阿弥陀仏が、五劫もの長い間、思いをめぐらして建てられた本願を、よくよく考えてみると、それはただ、この親鸞一人をお救いくださるためであった。思えば、この私はそれほどに、重い罪を背負う身であったのに、救おうと思い立ってくださった、阿弥陀仏の本願の、なんともったいないことであろうか」と、しみじみお話になっておりましたことを、改めて考えてみると、善導大師の「我が身は、現にこれ、罪深く迷いの多い凡夫であり、永遠の昔から、常に苦悩の海に沈み、常に生死の迷いに流転して、ついにこの闇から抜け出る手がかりのない身である、と知れ」という、あの尊い不滅の言葉と少しも異なったところがない。

このように受け止めてみると、もったいないことだが、親鸞聖人がご自身を通して、私たち自身の罪悪の深いことを知らず、また如来の御恩の深いことをも知らずに迷っていることを、思い知らせようとするためだったのである。まことに私たちは如来の御恩ということを少しも問題にすることもなく、誰もかれもお互いに、善いとか悪いとかということばかり言い合っている。

親鸞聖人のおおせには「何が善であり、何が悪であるのか、私はまったく知らない。その理由は、如来が知っているほどに善を知っているのであれば、私は善を知っているとも言えよう。また、如来が知っているほどに悪を知っているのであれば、私は悪を知っているということもできよう。しかし、あらゆる煩悩が具わっている私たち、そして、まるで燃え盛る家のように激しく移ろいやすいこの世界は、すべてが嘘偽りや絵空事であって何一つ真実はない。ただ南無阿弥陀仏だけが真実なのである」と。

私も人も、つくづく虚言ばかりを言い合っている中で、一つ殊に痛ましいことがある。というのは、念仏するについて、信心のありようを互いに議論したり、人に説き聞かせるとき、人の口を塞いで論争に勝とうとするために、まったく親鸞聖人の語られなかったことを、これぞ聖人のお言葉であると主張する者がある。これは、なんとも浅ましく歎かわしいことである。このことをよくよく了解し、心得ていただかねばならない。

以上、述べてきたことは、決して私の勝手な言説ではないが、経典や注釈書に書かれた筋道も知らず、教説の浅深をも心得ていない私なので、きっと理解のあやしいところがあるかもしれない。しかしながら、今は亡き親鸞聖人の語られた教えのほんの一端を、思い出して書きつけたものである。

まことに悲しいことではないか、幸いにも念仏しながら、直ちに真実の浄土へ生まれずに、方便の辺地にとどまることは。同じ念仏の教えに集う求道者の中に、信心が異なることのないように、泣く無く筆をとってこれを記した。名付けて『歎異抄』という。無闇に人に見せるものではない。


後鳥羽上皇のご治世の頃、法然上人が他力本願念仏を宗とする教えを世に広められた。そのとき、興福寺(奈良)の僧侶たちが敵視して朝廷に上訴した。法然上人の弟子たちの中に、無法な振る舞いをしたという、事実無根の噂により処罰された人々の数は、次の通りである。

一、法然上人とその弟子たち七人は流罪。また四人の弟子たちは死罪に処せられた。法然上人は、土佐の国(高知県)の番田というところへ流罪。罪人としての名前は藤井元彦、男などとあり、年齢は七十六歳であった。

親鸞は越後の国(新潟県)へ流罪。罪人としての名前は藤井善信、などとあり、年齢は三十五歳であった。

浄円房は備後の国(広島県)、澄西禅光房は伯耆の国(鳥取県)、好覚房は伊豆の国(静岡県)、行空法本房は佐渡の国(新潟県)。幸西成覚房と善恵房の二人は、同じく流罪に決定されたが、無動寺の前の大僧正(慈円)が申し出て、二人を預かることになったという。

流罪に処せられた人は八人であり、

死罪にされた人々は、

一、西意善綽房

二、性願房

三、住蓮房

四、安楽房であった。

これは二位の法印尊長の裁定で行われた。

親鸞は僧の身分を捨てさせられ罪人としての名前を与えられた。これによって「僧に非ず俗に非ず」と宣言されたのである。このようなことで、「禿」の字を姓として朝廷に申し出て認められた。そのときの上申書は外記庁に納められている。流罪以後、愚禿親鸞と名のられたのである。

この聖教は、当流ではとても大切な聖教である。

宗教的感性の未だ育っていない者には、無闇に勧めるべきではない。

釈蓮如(花押)

【語註】

「二種深信」…善導大師の『観経疏』散善義の中に、「深心」についての解釈として展開されている信仰理解である。善導大師は『観経』において、往生を願う者が必ず起こすべき心として説かれる、「至誠心」「深心」「回向発願心」の一つ「深心」について、これを「深信の心」と捉え、その内容を「機の深信」と「法の深信」という「二種深信」として理解した。『歎異抄』では、先師の口伝の真実信心の自覚内容を、一貫してこの二種深信として了解している。ただし、この機の深信は、決して絶望ではない。「罪悪深重」「煩悩具足のわれら」という我が身の信知は、本願力に乗託して往生の一道に立つという法の深信に目覚めたとき、初めて知られる我が身の姿である。

真剣な眼差し…聴衆の中には今月の17日より別院の非常勤職員として新しく入っていただいた田澤さんの姿が!

【聞く】

この条はいわゆる後序と呼ばれる箇所で、歎異抄の今まで述べられてきた各条を総括する意味を持っています。

これまでの各条に比べ非常に長い文章ですし、抱える問題も色々指摘されております。内容は大きく以下のように分けることができますが、これも本来分けて良いもんなのかわかりません。

① 信心同一の争論(故聖人の御ものがたりに~)

② 親鸞一人を救う(聖人のつねのおおせには~)

③ 善悪不知(聖人のおおせには~)

④ 流罪記録(後鳥羽院御宇~)

⑤ 蓮如上人の注意書き(右斯聖教者~

ただ、私がわかりやすいのでこのように記しております。しかし本来的には、後序だけでなく歎異抄全体の内容が、それぞれで連関し合っているものとみるべきだと思います。バラバラでいっしょ。

今更なんですが、正直この重厚な内容を一時間で話せって、中々無茶なお願いだったんじゃと思います。本多先生からも提案ありましたが、次回後序を読むときには後序だけでも何回かに分けるべきですね。でないと、概要説明だけで会が終わってしまいます。反省。

今回のご法話では、後序を広範囲に概説いただいた感じでしたが、とりわけ私の中で印象に残った内容を書きます。

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ

私たち、「自業自得」という因果の道理の言葉は、多分すんなり頭に入って、納得する方も多いんじゃないかと思います。善い事をすれば良いことが起こる、悪い事をすれば悪い事が起こるといった具合に。でも、例えば私なんかは、普段の生活を思い返して点検してみると、どうでしょうね。ろくなことしてないなあ…なんて思うわけです。そのろくなこととは、世間的なこと、ではありません。仏道の視点からみて、三悪道(地獄・餓鬼・畜生)に堕ちるようなことしかしてないということ。にも関わらず、皆そうでしょうと。俺だけじゃないじゃんと思ってしまう。貪り、嗔り、しかもそれを悪びれない愚かさをもった私。なおかつ、人生で躓いたり色んな苦しいこと辛いこと、この人生虚しいなあと思うこともある。そして、困ったときの神頼みと言うけれど、我々は、本当に困らないと、神仏に救いを求めたりしない。それまではのんきに、自分勝手に生きてるんだけども、どうしようもない壁にぶつかることが必ずある。仏教ではそれを生死という言葉で表現する。生まれたからには、死んでいかねばならない。そうやってもがきながら生きている事実があるけども、普段はのんきに生きている。そしてまた躓いたときに、なんで俺ばっかりこんな目にあうんだ、なんで俺ばっかりこんな辛いんだ、おかしいじゃない、あいつはあんな、楽してたり楽しそうだったり、なんでなんだ、って根性が出てきたりするし、私の人生なんだったんだと、仕事、あるいは家族のために、自分の時間費やしてきたのに、なんにもならんかったじゃないかと。そういった憤りが普段から起こってしまう。でもそれを気づかないふりして…エンドレス。そういった自身の持つ闇、事実の全体が、阿弥陀の智慧の光によってはっきりと浮き彫りにされる。それが、次に続く善導和尚の文章でしょう。

自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしずみ、つねに流転して、出離の縁あることなき身としれ

この文章は、古来より「機の深信」(※語註の「二種深信」参照)として浄土真宗の信仰では大切に扱われてきた言葉です。「法の深信」と合わせて「二種深信」。どちらも善導和尚の『観経四帖疏』「散善義」にある言葉です。ちなみに後序にはのってないですが「法の深信」は次の通り。

かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなくかの願力の乗じて、定んで往生を得と信ず

だいたい訳的には「阿弥陀如来の四十八願は、私たちを救い取って下さると、なんの疑いもなく、慈悲の力にすべてを任せて、必ず浄土へ往生することができると信じる」といった感じだと思います。

これらの言葉、それぞれエッジが鋭いですが、「機の深信」は、まったく絶望的な言葉ですよね。生まれる前、はるか昔から、迷いの世界に生まれ変わり死に変わりして、救いの出口がない身と知れだなんて。お前(わたし)は絶対に救われないんですよと言っているわけです。しかし「法の深信」は、阿弥陀如来が必ず私を救いとってくださると信じること。なんだか矛盾しているように見えますな…。

ちなみに浄土真宗の仏教者、曽我量深は、二種深信について

二種深信といっても、二つならべるものではなく、もとは法より機を開き、機の中に法をおさめた『歎異抄聴記』

と述べられています。「機の深信」は絶望を述べているわけではなく、まったく救いの手がかりがない自分だと深く頷くのは、阿弥陀の慈悲に照らされたときなんだと。自分自身を反省して、自分はなんてどうしようもなく救いのない人間なんだと、考えた表現ではありません。あくまで「法の深信」に照らされたときの表現が「機の深信」なのでしょう。また曽我量深は、

二種深信の開顕においては機の深信が眼目である『歎異抄聴記』

とも述べています。つまり、「機の深信」の表現が生まれるのは、「法の深信」に裏打ちされているからなんですよと。後序に「法の深信」は書かれていませんが、「機の深信」を生み出す背景に「法の深信」があるわけです。救いから一番遠い存在が「機の深信」の表現なわけですが、それをこそ救おうとするのが阿弥陀如来の慈悲です。救いの手がかりが少しでもあるのであれば、わざわざ阿弥陀如来が手を差し伸べる必然性はない。救いの可能性がゼロだから、阿弥陀の救いが発動するわけです。だから矛盾しているわけではなく、表裏一体と見るべきなんですね。

親鸞聖人、この善導和尚の文章を読まれて、涙を流されたんじゃないでしょうか。自己意識よりも深いところにある根源的な自身の闇が、阿弥陀の智慧の光によって徹底的に映し出されていく。それは換言すれば、促されてくる阿弥陀の慈悲によって、自分という人間を受けとらせていただくということです。

思えば私たちは、凄惨な事件や筆舌に尽くしがたい出来事があったとしても、それがテレビとかラジオの報道で、遠い地域でもあれば、まるで他人事のように受け取ってしまうこと、ありませんか。自分じゃなくて、私の知っている大切な人たちじゃなくて良かったと。ああ、痛い痛いな、って。でも、以前十三章でも触れましたが、自分がいつ、大切な人がいつ、そういった出来事に遭う、もしくは起こすかなんて、わからない。けど、縁によっては起こりうるんです。「親鸞一人がためなりけり」という言葉には、縁によってはどんなことでもしてしまう、どこまでも救われない自分のような存在が救われたのだから、この世に救われないものは一人もいないのだという感情が込められているように思います。そして、そんな無常な世界を生きている私たちだからこそ、赤の他人の痛みがそのまま自分の痛みとして受け止められて、一緒に泣いていける、それこそ、誰かの痛みじゃなくて、自分の痛みなんやと。親鸞聖人はお念仏を通して、一人称で泣いていけるような、そういった関係性のある世界が、阿弥陀の智慧に照らされ、慈悲に促されることによって、みえていったんじゃないでしょうか。そのまま、私が私でよかったと思う心と共に。

 

髙田駐在と、三条教区に新しく赴任した、西村駐在も聴聞に!

さらには事務見習いとして本山から研修で来ている大山我聞さんの姿も!ニューフェイスのバーゲンセールか!!

前の記事でもご案内しましたが、明日6月28日(金)の御命日のつどいでは、『歎異抄』最初に戻りまして「序文」をテーマに第18組長周寺の池田陽氏よりお話頂きます。どうぞお誘い合わせてお参りください。

 

2019年5月29日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。-第十八章-

自身の怠惰と事務に忙殺され、更新が遅くなりました💦お許しください。

5月に入り、新緑のさわやかな時期になったのもつかの間、連日夏を先取りしたような暑さ…北海道では39℃超!?あ…あ”つ”い”…。皆さんいかがお過ごしでしょうか。廣河は早くも夏バテ気味で、らーめん京さん(別院近隣の中華屋さん)が冷やし中華、年中提供で良かった!と麺を噛みしめています。不安定な気温、皆さんも体調にお気をつけて…。

さて、廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第11回目です。4月28日(日)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は三条教区17組真敬寺(新潟市西区坂井)の藤田淳宏氏に、『歎異抄』「第十八章」を主題にご法話頂きました。

『歎異抄』第十八章

一 仏法のかたに、施入物の多少にしたがいて、大小仏になるべしということ。この条、不可説なり、不可説なり。比興のことなり。まず仏に大小の分量をさだめんことあるべからずそうろうや。かの安養浄土教主の御身量をとかれてそうろうも、それは方便報身のかたちなり。法性のさとりをひらいて、長短方円のかたちにもあらず、青黄赤白黒のいろをもはなれなば、なにをもってか大小をさだむべきや。念仏もうすに化仏をみたてまつるということのそうろうなるこそ、「大念には大仏をみ、小念には小仏をみる」(大集経意)といえるが、もしこのことわりなんどにばしひきかけられそうろうやらん。かつはまた檀波羅蜜の行ともいいつべし。いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にもほどこすとも、信心かけなば、その詮なし。一紙半銭も、仏法のかたにいれずとも、他力にこころをなげて信心ふかくは、それこそ願の本意にてそうらわめ。すべて仏法にことをよせて、世間の欲心もあるゆえに、同朋をいいおどさるるにや。

【私訳】

寺院や僧侶へ差し出す金品の額に応じて、大きな仏ともなり、小さな仏ともなると主張することについて。このような主張は、もってのほかであり、卑劣なことである。まず、人間が仏の大小を決めることなどあってはならないことではないか。阿弥陀如来の身体の大きさが経典に説かれてはいるが、それは人間が感じられる形で譬喩的に表した姿なのである。真実のさとりを開いた仏は、長い、短い、四角い、円いという形態や、青・黄・赤・白・黒という色彩をももたないのであるから、どうしてその大小を決定できようか。念仏すると、仏の姿を観られるということがあるが、「大きな声で称えれば大きな仏が観られ、小さな声で称えれば小さな仏が観られる」と経典に説かれている。この経典にこじつけて主張されているのであろうか。さらに、このことはまた布施行を主張しているということができる。どれほど財宝を仏前に供え、師匠に施したとしても、信心が欠けていれば、まったく無意味なことである。たとえ紙一枚、銭半銭を差し出さなくとも、他力にすべてをまかせ、信心が深ければ、それこそ阿弥陀の本願のこころに叶うことである。総じて仏法にことを寄せて、俗世の欲望があるものだから、このように共に念仏の教えに生きるひとびとをおびやかすのであろうか。

【語註】

仏法のかた…寺院・道場・僧侶など。

施入物…寄進されたもの。

大小仏…大きい仏や小さい仏。仏身の大小により、仏の位が示される。

不可説…もってのほか。言語道断。

比興…根拠のないこと。意味のないこと。

安養浄土…身心を安らかにはぐくむはたらきとしての、阿弥陀如来の浄土。

教主…阿弥陀如来のこと。

方便報身…色も形もない真実そのものである如来が、人間を救うはたらきを示した姿。

化仏…念仏する心に思い浮かべられる仏の姿。

大念…強く仏を念ずること。

ことわりなんどにばし…道理などに。この説に。「ばし」は意味を強める接尾語。

ひきかけ…かこつける。こじつける。

壇波羅蜜の行…ほどこしをもって、さとりの世界に至ろうとする実践行。壇はダーナ(ほどこし)、波羅蜜はパーラミター(到彼岸)のこと。

ことをよせて…かこつけて。

 

第十八章は、「寄付の多少によって、受ける果報が違う」という見解を批判する、ということに焦点があります。こういった発想は、現代でも多く見られるのではないでしょうか。『歎異抄』では施入物の大小によって仏と成るときの大きさが決まるということを批判されています。現代ですと成仏のときの大きさよりも、むしろ仏と成れるかどうかに視点があるように思いますけども。布施行といった意味を抜きにしても、例えば日常の中で、誰かに何かをするとき、これだけしたのだからこれぐらいのお返しがあるだろう…と期待をこめて行うこともままあることではないでしょうか。そして期待に応えられなければ怒りの感情が芽生えてしまったり。反対に、全然何もしてあげれんかったなあと思うことでも、思いがけず大きなお返しがあったり…。思い通りにいくことはまずないわけです。

仏道に帰し歩むにあたって、成仏することを念頭に置くことがまず第一義にあるわけですが、とりわけ浄土真宗においては、「十八章」本文にもあるように「他力にこころをなげて信心ふかくは、それこそ願の本意にてそうらわめ」、つまり念仏申さんと思い立つこころ、信心が肝要であります。だから、ここでどれだけお布施をしただとか、お念仏をしたのだと言っても、「いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にもほどこすとも、信心かけなば、その詮なし」と『歎異抄』の著者もバッサリ両断してますね。お布施の量は関係ないのです。

ご法話では、様々な切り口で「十八章」について話されていました。特に印象に残ったお話としては、法然上人の『選択本願念仏集』の第三章の言葉、

念仏は易きが故に一切に通じ、諸行は難きが故に諸機に通ぜざることを。しかれば則ち一切衆生をして平等に往生せしめんがために、難を捨て易を取りて、本願としたまふか。もしそれ造像起塔をもって本願となしたまはば、則ち貧窮困乏の類は、定んで往生の望みを絶たん。しかるに富貴の者は少なく、貧賤の者は甚だ多し。もし智慧高才をもって本願となしたまはば、愚鈍下智の者は、定んで往生の望みを絶たん。しかるに智慧の者は少なく、愚痴の者は甚だ多し。もし多聞多見をもって本願となしたまはば、少聞少見の輩は、定んで往生の望みを絶たん。しかるに多聞の者は少なく、少聞の者は甚だ多し。もし持戒持律をもって本願となしたまはば、破戒無戒の人は、定んで往生の望みを絶たん。しかるに持戒の者は少なく、破戒の者は甚だ多し。自余の諸行、これに準じてまさに知るべし。(『真宗聖教全書 一、三経七祖部』九四四頁)

を引かれておりましたが、例えばお布施であったりとか、写経であったりとか、するのは全然構わない。大事な行である。けれども、それはできる人ができるときにする行であると。それで救われるか、救われないのかは決まらない。往生ということに、全く関係がない。なぜなら、皆が皆できることではないから。そういったことを阿弥陀様が私たちに課せるわけがないと。頑張った人だけが救われるのであれば、頑張れない人はいつまでもいつまでも、お浄土を生きれない。念仏申さんと思い立つこころ、信心のみが肝要であって、施入物の大小は問題ではない。ではなぜ、私たちは大きさ小ささ、やったやらない、できるできないにこだわるのかといえば、自分を立てる、誇るということが、私たちの性質としてある。負けていける人生なんて、生きたいと思えない。どうしたって自分を他者と比べて、優位に立ちたい。たとえ、仏教をその道具に使ったとしても。施入物の大小が、仏の大小につながると考えてしまうその根底には、そういった人間の相対分別の心が如実に表れているように思います。

 

余談ですが、本文でも述べられていますが、本来仏さまに大きさの概念はありません。阿弥陀如来の身体の大きさが『観無量寿経』の「真身観(阿弥陀如来の身体を観察する章)」において

無量寿仏の身は百千万億の夜摩天閻浮檀金色のごとし。仏身の高さ、六十万億那由他恒河沙由旬なり。眉間の白毫は、右に旋りて婉転して、五須弥山のごとし。仏眼は四大海水のごとし、青白分明なり。身のもろもろの毛孔より光明を演出す。須弥山のごとし。(『真宗聖典』一〇五頁)

と具体的に仏の大きさが示されているのは、前回第十七章でもふれましたが、我々衆生にわかりやすいように(全然イメージつきませんが)方便としての仏身を表しているわけです。那由多は10の60乗、恒河沙は10の52乗、由旬は約7kmと言われています(諸説あります)。もはや宇宙規模。こういったところから、釈尊の考える宇宙観というのが見えてきそうですね。

5月28日(火)の御命日のつどいでは、『歎異抄』「後序」をテーマに第18組永傳寺の本多智之氏よりお話頂きました。執筆中です(汗)。

6月28日(金)の御命日のつどいでは、『歎異抄』最初に戻りまして「序文」をテーマに第18組長周寺の池田陽氏よりお話頂きます。どうぞお誘い合わせてお参りください。

2019年4月9日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。-第十七章-

皆さま、नमस्ते(ナマステー)!

おっとすいません、ついインド訛りが…お約束ですね!廣河、無事インドより帰国しました。帰国して数日経ち、何故だかお腹ゆるゆるです!不思議だ…(汗)インドの報告記事はただいま鋭意執筆中ですが、「『歎異抄』に聞く。」も合わせて書いていたので、書きあがるのはもうしばらくかかりそうです(泣)楽しみにしてらっしゃる方がいましたら申し訳ございません!もう少しお待ちください。

さて、廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第10回目です。3月28日(木)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は三条教区佐渡組廣永寺(佐渡市相川羽田町)の大久保州氏に、『歎異抄』「第十七章」を主題にご法話頂きました。

大久保州氏。第九章ぶりです!今回も聞かせていただきました。

『歎異抄』第十七章

一 辺地の往生をとぐるひと、ついには地獄におつべしということ。この条、いずれの証文にみえそうろうぞや。学生だつるひとのなかに、いいいださるることにてそうろうなるこそ、あさましくそうらえ。経論聖教をば、いかようにみなされてそうろうやらん。信心かけたる行者は、本願をうたがうによりて、辺地に生じて、うたがいのつみをつぐのいてのち、報土のさとりをひらくとこそ、うけたまわりそうらえ。信心の行者すくなきゆえに、化土におおくすすめいれられそうろうを、ついにむなしくなるべしとそうろうなるこそ、如来に虚妄をもうしつけまいらせられそうろうなれ。

【私訳】

辺地に生まれた人は、ついには地獄に堕ちるに違いないということについて。

この主張は、どのような経釈に根拠があるのだろうか。学者だといわれている人々の中から言い出されたそうだが、まったく歎かわしいことである。

経典や論釈などの聖教を、どのように考えているのだろうか。真実信心の欠けた念仏者は、阿弥陀の本願を疑うことによって、辺地に生まれ、疑いの罪を償った後、真実報土のさとりを開くのだと承っている。

真実信心の念仏者が少ないために、如来は人間が実感できるようなかたちで「浄土」への往生を多く勧められているのに、「化土(辺地)」へ往生することは無意味だなどと主張することは、如来に嘘言の罪を着せようとするおつもりなのか。

【語註】

辺地…念仏しながらも本願を疑い、自力をたのむ人の生まれるところ。

学生だつるひと…学生ぶるひと。

つぐのいて…つぐなって

化土…念仏しながら自力をはなれられない人の生まれるところ。真実報土に対して方便化土。

虚妄を~…うそいつわりを言われたようにしてしまうことになるのです。

第十七章は、「辺地に往生する人は、最後には地獄におちる」という主張を正すということに焦点があります。浄土教の救いの論理は、苦しみの多いこの「穢土(娑婆)」から楽の極まりない浄土へ往生し、そこでさとりを開いて仏になるのだと展開されますが、その途中というか、浄土のはずれには「辺地」というものが存在することも言われるのですね。娑婆か浄土かという二者択一の中間帯に、辺地を説く。もちろん辺地と言っても往生ですから浄土には違いないのですが、それは方便としての浄土なのです。「方便」と「真実」とは対の概念ですね。「方便」とは言葉であらわせられないものをあえて言葉や形であらわすという意味です。「たくみな手立て」というものが転じて、嘘も方便などという意味で使われるようになっていますね。阿弥陀如来の浄土は真実であり、どこかに実際にある場所ではなく、無形です。それに人間が触れることはできない。だけれども、それだと阿弥陀と人間との関係性、救いが成り立ちません。だから阿弥陀如来自身が、無形から有形に浄土を表現したものが「方便の浄土」であり、「辺地」なのです。

今回、大久保氏より第十七章の要旨をいただいておりますので、そちらをそのまま掲載致します。以下原文

 

「辺地の往生」(『歎異抄』第十七章より)

往生という以上は浄土という世界に生まれている。

ところが、浄土というものに無関心。浄土って何だ?って問題にしますか?

真宗の話を聞いているから、浄土とは?生まれる、生きる、生活すると往生が問題になるかもしれないが、日常感覚として浄土は問題になるでしょうか。

「辺地」

辺鄙な、中央からはなれた片ほとり

浄土の隅っこ。真実の浄土ではない。

「正信偈」では「報化二土正弁立」と言われるが、浄土を二つに分けたのではない。

浄土の片ほとりだから、浄土の中。本人は隅っこにいるにも関わらず、ここが真ん中だと思っている。

自分は今はこんなだけど、自分がいないとうまくいかないと思っている。

つまり、

自分のいる世界を疑ったことがない。

自分のいる世界を絶対だと思っている。

辺地とは、広い世界に触れたから、広い世界を経験した人の言葉

「懈慢界」

自分のいる世界は本当にいい世界だと自己満足している世界。そこから出ようという意欲がない。広い世界を求めて歩もうとしないから怠慢。不平を言っているわけじゃないから、周りから見ると悪くない。しかし、満足していることが実は怠慢だと。

「疑城」

自分のいる世界を疑っているのではなくて、もっと新鮮で展開し続け、歩み続けていくような世界、そんな世界があるのかと疑っている。

自分に誠実な者が、真実を疑う。真理を信用しない。自己を信頼する。

「胎宮」

母胎。三宝(仏・法・僧)を見聞しない。

信仰の名によって人を平気で裁く。それはもう信仰とは言えない。自己絶対化。

他の人が辺地・懈慢・疑城・胎宮にいるのではなくて、そこの住人は自分。

辺地懈慢界、それが地獄に堕ちると言うけれど、辺地懈慢界の浄土に生まれるのは地獄に堕ちるよりも怖いのだと。なぜか。地獄に行くと辛いから、たすけてくれということが契機になって出ることが出来る。だから下手な浄土に生まれると地獄よりも怖い。

以上原文

 

「下手な浄土に生まれると地獄よりも怖い」、特に印象的に私の中に残った言葉です。よく「わかったつもりが一番怖い」と言われることはあると思いますが、教えも同じではないでしょうか。自分がこれだ!と思ったことも、もしかしたら真実とは全く異なることかもしれないし、これは違うだろうと思ったことでも、実は真実かもしれない。私というフィルターを通している時点で、物事の本質、真実ということはぼやけてしまうのだと思います。それこそ、仏教というのは自我を超えてある教えなのですから、自我存在である私にわかろうはずもありません。

ではわかろうとする努力は必要ないのかといえば、そうではないでしょう。本物に出遇ったとき、真実に出遇ったときに、すれ違わないことがないように、わかろうとする努力は大事なことなのです。しかし、そこでわかった気になったり、仏教を自分の道具(仏教を盾に自分の意見を通そうとしたり、相手を貶めたり)にしてしまっては、それこそ辺地・懈慢・疑城・胎宮を生きている証拠ではないでしょうか。しかも、辺地・懈慢・疑城・胎宮を生きている自覚がなければ、辛い、助けてと救いを乞う縁すら生まれない。だから「地獄よりも怖い」と言えるのでしょう。

次回4月28日(日)の御命日のつどいでは、『歎異抄』「第十八章」をテーマに第17組真敬寺の藤田淳宏氏よりお話頂く予定です。どうぞお誘い合わせてお参りください。

2019年3月14日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

【番外編】「『歎異抄』に聞く」を聞く。 林が森田輪番の法話を聞く【年頭会報告】

2月の末より廣河がインドへ勉学の旅の最中で不在につき、代わりに非常勤列座の林が書かせていただきます。

「『歎異抄』に聞く」というタイトルではありますが、この度は別の内容となります。

 

新年が明けて2か月が経ち、三条別院では2月28日(木)に年頭会が勤まりました。年の初めの法要ということで、お勤めの後に三条別院の輪番森田成美よりご法話頂きました。

内容

テーマは東日本大震災について

今から約9年前、2011年3月11日に東日本大震災がありました。それは地震だけではなく津波も起きる災害であり、その津波によって大多数の人が亡くなりました。亡くなる方だけではなく、家が無くなった方や福島原子力発電所の事故により家に住むことができなくなった方々避難者も大多数出ました。そのような大災害について森田輪番よりお話をいただきました。資料として、東日本大震災現地災害救援本部で働いていた木ノ下秀俊さんの<震災後の心のゆくえ「仏教の視点から」>(『月間同朋』2017年3月号)を引用されました。森田輪番は、震災が起きた時、まさに仙台教務所長(東北別院輪番)であり、現場で様々な対応の指揮をとっていました。

東日本大震災の当初、真宗大谷派仙台教区の仏教青年会はボランティアで動いていました。その時に何ができるか考え、3月というまだ冷える時期ということもあり暖を取るための灯油運びをしていたそうです。それから食料・飲料・毛布などがそろった後、お風呂に入りたいと言われてドラム缶でお風呂を沸かしたとのことでした。それは仏青お風呂プロジェクト(BOP)と名付けられました。お風呂についての批判もあったようで、「宗教者のやることか」「仏教者なら仏教者としてやるべきことがあるのではないか」「水を運ぶなら念仏を運べ」という声が上がったそうです。

 

「水を運ぶなら念仏を運べ」ということについて、念仏とは運ぶものではなく届くものである、と森田輪番は述べていました。運ぶと言ってしまうと、念仏を利することになってしまう。念仏とは、阿弥陀仏の本願が私に届いて言葉として出る事を言います。

また、『歎異抄』の聖道の慈悲・浄土の慈悲にもふれられました。この問題は、「『歎異抄』に聞く」で引き続き考えていきたいと思います。

次回、3月28日(木)の御命日のつどいでは、『歎異抄』第十七章について佐渡組廣永寺の大久保州氏よりお話しいただきます。

来月は帰国した廣河がこの場に戻ってまいりますので、いつもの【廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。】が再開となります。毎月楽しみにしてくださる皆様、来月をお楽しみに!!

2019年2月14日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。-第十六章-

2月に入り、降雪と体調が気になってしょうがない廣河です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。去年の今頃は記録的な豪雪で、三条別院も二階の窓ガラスまで雪が積もって大変だった、なんてことも伝え聞きました。そんなところですから今年はどんなもんかと手ぐすね引いて過ごしているのですが、今のところ三条では降っては溶けてを繰り返している日々で、至って平和です。まあ、こんなことを書いたらフラグが立ってしまうのでもう書きません!

さて、廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第9回目です。1月28日(月)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は三条教区17組称名寺(新潟市西蒲区)の有坂次郎氏に、『歎異抄』「第十六章」を主題にご法話頂きました。

 

『歎異抄』「第十六章」

一 信心の行者、自然に、はらをもたて、あしざまなることをもおかし、同朋同侶にもあいて口論をもしては、かならず回心すべしということ。

この条、断悪修善のここちか。一向専修のひとにおいては、回心ということ、ただひとたびあるべし。その回心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。一切の事に、あしたゆうべに回心して、往生をとげそうろうべくは、ひとのいのちは、いずるいき、いるいきをまたずしておわることなれば、回心もせず、柔和忍辱のおもいにも住せざらんさきにいのちつきば、摂取不捨の誓願は、むなしくならせおわしますべきにや。くちには願力をたのみたてまつるといいて、こころには、さこそ悪人をたすけんという願、不思議にましますというとも、さすがよからんものをこそ、たすけたまわんずれとおもうほどに、願力をうたがい、他力をたのみまいらするこころかけて、辺地の生をうけんこと、もっともなげきおもいたまうべきことなり。信心さだまりなば、往生は、弥陀に、はからわれまいらせてすることなれば、わがはからいなるべからず。わろからんにつけても、いよいよ願力をあおぎまいらせば、自然のことわりにて、柔和忍辱のこころもいでくべし。すべてよろずのことにつけて、往生には、かしこきおもいを具せずして、ただほれぼれと弥陀の御恩の深重なること、つねはおもいいだしまいらすべし。しかれば念仏ももうされそうろう。これ自然なり。わがはからわざるを、自然ともうすなり。これすなわち他力にてまします。しかるを、自然ということの別にあるように、われものしりがおにいうひとのそうろうよし、うけたまわる。あさましくそうろうなり。

◎今回有坂氏より私訳を作っていただきましたので、それをそのまま掲載致します。

【私訳】

異議者は言います。「私たち信心の行者は、誰もが持っている貪・瞋・痴から起こる怒りや悪行や争いをしてしまったときは、その都度、かならず反省・修正しなければならない。そうすることが回心ということである。」

このようなことを主張するのは、悪を断ち善行を積まなければ往生出来ないという旧来の仏教観が、この人たちの心の中に色濃く残っているからなのでしょう。

一向専修のひと(ほんとうの真宗門徒=念仏の行者)であれば、回心という行為は人生でただ一回だけのことなのです。

このただ一回の回心というのは、それまでほんとうの浄土真宗である本願他力を知らなかった人が、自分の善行から生ずる功徳を積んで行かなければ往生出来ないのだという思いを捨てて、阿弥陀如来からの智慧を頂いて、阿弥陀如来の本願にこの身をおまかせいたしますと決心することを回心というのです。

ことあるごとに、そのたびごとに、回心して往生を遂げるのだ、などと信じていれば、結局、息を吐いていて、次の息を吸うまでのほんの瞬時の間に人生は終わってしまうものでありますから、ほんとうの回心をする時間などある筈もなく、安心してこの人生を送るという大事なことは出来なくなってしまいます。それでは阿弥陀如来の摂取不捨の本願力の有難さを踏みにじってしまうことになるのではないでしょうか。

「悪人をこそたすけるのだという、法蔵菩薩の誓願。これこそ人間の智慧を超えた有り難い誓願なのです。」と教科書に書いてあることをそのまま口に出して、さも解ったような気になっていても、「そうはいっても、なんぼなんでも極悪人をたすけることなどないのだろう。」と心の中で思っていて、本願他力を疑い、本願他力をたのむというこころが欠けていれば、真実報土への往生は叶わず、疑城・胎宮などという辺地の浄土(方便化身土)に生まれてしまいます。これはもっとも嘆かわしいことだとお思いください。

(回心して)信心が定まったら「往生する」のですが、但し「往生する」ということは、まったく阿弥陀如来のはからいによるものですから、人間側の思いや努力でどうにかなるものではありません。

自分が悪い人間だと承知していても、ますます本願他力の有り難さに感謝して生活してゆけば、自然の道理がはたらいて、穏やかで人にも優しい心が生じてくることでしょう。

いついかなるときでも、往生するには小賢しい思いを離れて、ただ阿弥陀如来のご恩の深いことを思い出せばよいのです。そうすればおのずから念仏も称えられるでしょう。そうなることを「自然」というのです。ですから人間の知恵の及ばない阿弥陀如来の本願力のはたらきを「自然」というのです。

これが「他力」というはたらきの正体です。そういう事であるにもかかわらず、真宗の「自然」という言葉を、全く別の意味で使い、知ったかぶりして人々に説いている者がいるという事が伝わってきます。それを説く人がいて、聞く人がいるということは悲しいことであります。

【語註】

あしざま…悪い行い。ひどいふるまい。

同朋同侶…同じ念仏の道を聞き生きていく友。

回心…ここでは悪を行ったとき、それを自分の努力で悔い改め、ひるがえすこと。

断悪修善…悪を断ち、善を修する、自力の努力。

一向専修のひと…ひとすじに本願を信じ、念仏する人々。

柔和忍…道理にかなった、おだやかな心。

辺地…念仏しながらも本願を疑い、自力をたのむ人の生まれるところ。

第十六章は、本願を信ずる心にめざめる「回心」とはどういうことなのかを明らかにするということに焦点があります。親鸞聖人は回心について、

「回心」というは、自力の心をひるがえし、すつるをいうなり〈中略〉自力のこころをすつというは、ようよう、さまざまの、大小聖人、善悪凡夫の、みずからがみをよしとおもうこころをすて、みをたのまず、あしきこころをかえりみず、ひとすじに、具縛の凡愚、屠͡沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり。(『真宗聖典』(『唯信鈔文意』)五五二頁)

と定義されています。つまり、自分の力でなんでもできると思っている考え方をひっくり返してすてることを回心といわれます。

この第十六章においても、「回心ということ、ただひとたびあるべし」と出ており、回心は人生において一度きりの経験だと述べられています。唯円の定義は「日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ」とありますが、これは親鸞聖人の言う「自力の心をひるがえして、捨てる」ことを言いかえていると思われます。

法話の中で印象的だった言葉が、「異議者は教義に余計なものをひっつけたがる」という言葉でした。つまり、本来シンプルであるはずの要素に、余計なもの、つまり必要でないものであったり、むしろ邪魔になるであろうことも、自身の裁量で勝手にひっつけてしまうという性質が、人間にはあると有坂氏は述べます。回心ということについても、本来親鸞聖人の定義では「自力の心をひるがえし、すつ」という非常にシンプルな意味で定義されているところを、異議者は怒りや悪業を行ったときに、その都度反省するということを回心と言われているので、これは全く意味合いが違ってくるわけですね。唯円が述べるように、これは断悪修善、旧来の仏教観に基づく自力の行でしょう。この考え方は、日常生活を送る我々にも根強く残っていると言えるのではないでしょうか。自分が善いと思うことを励み、悪いと思うことはせず、してしまったら反省する。道徳的には、これらのことは正しいとされる行動で、この行動をする人は善人と呼ばれます。しかし、その善い悪いの判断の基準はどこにあるのでしょうか。自分が善いと思っていたことも、立場が違えば悪と見られることだってありえます。それこそ、善悪ということを(前例や経験、他者の助言などをふまえたとしても)自身の裁量で勝手に判断していると言えるのではないでしょうか。そこには結局、何がどれだけ善くて、どれだけ悪いか、〇〇と比べて、自分にとってどうかという、相対的な判断しかなく、絶対不変のものはありません。仏道修行においても、断悪修善の在り方は人間の側の思いや努力であり、相対分別の心を離れませんから自力なのですね。親鸞聖人は、そういった心をひるがえして、捨てることを回心と言われるのです。

また、法話の後の座談会では、特に生老病死の「生」について、皆さん思うところを話されました。つまり、老病死という苦の根源にある「生」ということが、果たして「生きること」なのか、それとも「生まれること」なのか。これらは同じ「生」ですが全くニュアンスが違いますね。「生きること」は、例えば老病死に代表される苦を受けながら人生を歩むことゆえに、苦と言うことができます。また「生まれること」も、生まれたその環境であったり、生まれ方、例えば産道を通る時に苦しい思いをしたりなど、そのとき意識はなくとも身体の記憶として残るケースもあるでしょう。

さて、仏教で教える「生」とはどちらの意味合いなのか、それともどちらでもないのか、どちらでもあるのか…話が平行線に差し掛かった時、主任列座の斎木さんが仰りました。「このままでは埒があきません!ここは一つ、今度インドに行く廣河くんに、「生」という言葉が実際にインドではどういった意味合いで用いられているのか、調べてきてもらうのはどうでしょう。」

突然自分の名を言われびっくりしました。なるほど、わからないことはわかる人に聞くのが一番です。引き受けざるを得ない!唯一の問題は私が日本語ぐらいしかまともに扱えないことくらいですが…この「生」の問題は教義にも関わる大事な問いでしょう。なので、いざとなれば肉体言語も辞さない覚悟で行く決意を固めました!期せずして大命を拝することとなった廣河。この「生」の問いに果たして答えはあるのか…報告はインド仏跡巡拝の記事と合わせて書きたいと思います。

次回、2月28日(木)の御命日のつどいでは、年頭会が勤まります。御参詣いただける方には、お斎をご用意させていただきます。次第としましては、午前10時よりおつとめ、輪番による年頭挨拶、法話、お斎となっております。お斎をお申込みの場合は準備の都合上、お手数ですが2月20日(水)までに当別院(℡:0256-33-0007)までご連絡していただきますよう、宜しくお願いします。ご法話は、三条別院輪番の森田成美よりお話しいただきます!お誘い合わせてお参りください。

ちなみに廣河はこのときインド巡拝中ですので、年頭会の記録は番外編として、頼もしい同僚列座にお願いする予定です!

फिर मिलेंगे।(また会いましょう)

 

 

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