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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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2020年10月23日

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保護中: DODALO「あなたはどんな自分になりたいですか?」

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2020年10月22日

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高田別院報恩講参拝【報告】

10月10日(土)、11日(日)と、上越にある高田別院の報恩講がお勤まりになりました。

高田別院報恩講の詳しい日程はこちら!

今回、海岸輪番と列座4人、米山久雄氏と西村駐在の7人で計画し、11日(日)の結願日中に参拝させていただきました。

移動中のようす ※関﨑列座は自家用車で移動

8時半に三条を出発し、10時頃、高田別院到着!

高田別院の報恩講は「身動きとれぬ程のお多屋参り」と言われ、参詣者で賑いをみせた報恩講は古くから”おたや”と呼ばれ、親しまれてきたそうです(高田別院年中行事のページ)。今年は新型コロナウイルス感染症のため、残念ながら例年通りの日程ではありませんでしたが、手指消毒、マスク着用など感染対策を十分にされての厳修でありました。

その後、昼食を経て、折角上越まで来たということで、上越の聖人御旧跡をいくつかお参りさせていただきました。

午後一でお伺いしたのは、上越市国府にある真宗大谷派光源寺です。

上野山 国府 光源寺

光源寺は、親鸞聖人のお弟子の覚円坊最信が建暦元年に開いたとされるお寺です。本堂には親鸞聖人が流罪赦免の際に描いたとされる「流罪勅免御満悦御真影」が安置されており、以前は高田別院の支院として国府影堂または国府御坊と呼ばれていたそうです。その後、国府支院と光源寺を一つに併せて今日に至っておられるそうですが、一宇の中に御影堂と本堂とを併設されている様式で、全国的にも非常に珍しいお寺であります。当時の流人標札や蓮如上人直筆の浄土文類聚鈔、親鸞聖人・恵信尼公連座の名号など、聖人ゆかりの貴重な法宝物をお見せいただきました。またご住職のお話の中では、親鸞聖人には「群生海」「一乗海」など、「海」という言葉の用例が多く見られますが、それは流罪の地である越後の日本海、居多ヶ浜(こたがはま)のイメージが色濃く反映しているものであろうということでした。

続いて向かったところは居多ヶ浜記念堂です。

居多ヶ浜記念堂

こちらは「親鸞聖人座像」が安置されている八角形の見真堂です。

親鸞聖人は木浦(糸魚川市能生)から舟に乗り、居多ヶ浜に上陸されました。高台には「親鸞聖人御上陸之地」の石碑が、近くの広場には親鸞聖人と性信房・西仏房の御供二人を描いた「親鸞聖人上陸の地」のレリーフなどがあります。

「もしわれ配所におもむかずは 何によりてか辺鄙の群類を化せん これ猶師教の恩致なり」と刻まれた「親鸞聖人御上陸之地」の石碑

親鸞聖人と性信房・西仏房の御供二人を描いた「親鸞聖人上陸の地」のレリーフ

高台から奥に進むと居多ヶ浜記念堂と見真堂が建てられています。見真堂の横には、越後の七不思議のひとつとしても知られている「片葉の葦」が生息しています。

見事に片葉です!

記念堂の前には上越市出身の真宗学者・金子大榮師の書いた「念仏発祥之地」の石碑が立っていました。

続いて、居多ヶ浜からほど近いところにある、竹之内草庵に向かいました。

竹之内草庵。右の柱には「親鸞聖人御配所草庵」と書かれています。

居多ケ浜に上陸後、親鸞聖人が約1年を過ごしたのが、五智国分寺の境内地内にある竹之内草庵といわれています。 しかし、現在の国分寺は上杉謙信公が永禄5(1562)年に再興したものといわれ、親鸞聖人が配所された頃の国分寺の場所は未だ不明です。市の指定文化財である山門には天保6(1835)年作の仁王像が構え、そこを抜けると正面にまだ新しい本堂があります。本堂の右隣に立つ竹之内草庵には、内部に親鸞聖人坐像(上越市指定文化財)が安置されています。これは聖人が罪を許され関東へ旅立つ際に、別れを惜しむ門信徒のため、五智国分寺裏にある鏡ヶ池に自身の姿を映しながら彫ったものといわれているようです。

御遠忌800年記念の「親鸞聖人腰掛石」。

腰掛石を堪能!柔らかな座り心地でした。

続いて、最後に向かったところは妙高市にある新井別院です。

屋根横の大紋が美しい。

新井別院は、貞享2(1685)年、本願寺第16代一如上人により、末寺を改めて掛所に充て、上越地方末寺を管理せしめたのが濫觴であるとのことです。創設以来二度の風水害と三度の火災に遭遇しながらも、その度毎に復興を成し遂げられてきました。本堂は十八間四面ととても大きいです。

「流失した御坊の大梵鐘」

本堂外陣左手には重さ約800kgの梵鐘が置かれていました。これは延享4(1747)年8月の矢代川洪水で流失し、行方不明となっていたもので、「流失した御坊の大梵鐘」として知られているようです。平成17(2005)年に新井別院からおよそ500m程離れた土木建設現場の土中から発見され、建設会社が寄贈し、260年ぶりに新井別院へ戻されたものとのことです。また、現在ある鐘楼堂は文政4(1821)年に建立され、以降二度火災があった中で逃れた唯一の江戸期の建造物、そして梵鐘は寛政4(1792)年の鋳造で太平洋戦争に供出をまぬがれた頚南地区唯一の梵鐘だそうです。

他にも、堂内に納骨堂が併設されている食堂(元仮御堂)や御庫裡など、職員の方に丁寧に諸殿拝観していただきました。

ちなみに、新井別院の報恩講は今年は11月2日(月)、3日(火・祝)の二日間で厳修されるようです。例年は11月1日から4日までの日程でしたが、新型コロナウイルス感染症によって日程を縮小されるようです。

これから三条別院でも11月5日(木)から8日(日)までお取り越し報恩講がお勤まりになりますが、新型コロナウイルス感染症の対策のため、様々なところで例年通り行えないこともあるでしょう。しかし、どのような形であれ、親鸞聖人の御遺徳を偲び、真宗念仏の道に出遇っていこうとする人々が、各地にいるのです。蓮如上人の「毎年不闕」の御文に述べられているように、毎年欠かさず報恩講が厳修され、真宗門徒お一人おひとりの良き御縁となることが願われます。

2020年8月16日

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「DODALO」を使ってみた編

先日完成した座談カード「DODALO」(告知版)を使ってみました。
某日、三条別院の列座たちが座談カード「DODALO」(告知版)を握りしめ向かったのは、新潟県三条市の一ノ木戸商店街にある中心市街地拠点施設「TREE」。

お盆の立花作業中なので、本日の昼食は、#三条エール飯の一環で、手軽なハンバーガーをテイクアウトしようということになりました。

三条の「TREE」と聞けば「ハンバーガーがおいしい店」として、知っている人がいることだろう。例にもれず我々三条別院の腹ペコ列座たちのお腹も満たしてもらったこと幾度か(主任はアボカドチーズバーガーがお気に入り)。「TREE」は人と人とがつながる場として地域に開かれていて、ハンバーガーも食べられるし、夜にはお酒も飲めるキャンプ気分味わえるおしゃれなレストランでもあるし、地元のステキな商品を販売するショップでもあり、ワーキングスペースもあったり、若者たちの集まる会員制スペースなどもある場所なのである!ただの「TREE」のハンバーガーファンである食いしん坊の我々が「TREE」について語るのは厚顔無恥も甚だしいので、ここらへんにしておきます。

我々は、迷惑千万お昼時の忙しい時間にハンバーガーのテイクアウトの事前予約をしてから「TREE」に向かったのでした。急な申し出にもかかわらず、快く迎えてくださったのが、「TREE」を運営する株式会社TREEの社長の中川裕稀氏でした。

DODALOを見つめる中川氏。「本当に急ぐべき事、必要な事」について、当日その場で考えていただいたリアルレポートです。

さっそく、座談カード「DODALO」をお渡ししました。

「わたしたちにとって、本当に急ぐべき事、必要な事は、何ですか?」

列座:このことについて、率直にどう感じますか?
中川:そうですね…、急ぐべき事、必要な事というか…それを考えるにあたり…、

「大事なことは本当の戦うべき相手を見極めるべきこと」

中川:まだまだ感染症は収束する気配をみせませんが、「人間が感染症拡大による混乱を増幅させている」ということを感じます。戦うべきは新型コロナウイルスであるはずなのに、SNS等で誹謗中傷をしあっている。それによって本来の敵を見失ってしまっている。そこを立ち止まって再認識して、あらためて「急ぐべき事、必要な事」を考えたらいいと思います。

列座:SNSでの誹謗中傷として思い浮かぶこととして、「患者の個人情報を特定する」という行為などがありますね。

中川:一方で、三条市の水際対策への過剰な批判などもあります。「公共施設で関東の人を受入禁止することはおかしいだろ!」と過剰な反応が起こる。コロナウイルスの水際対策が「東京人を受入ないこと」と混同されて、それが差別と捉えられてしまっている。

列座:患者に対しては「人権を侵害するような過剰な批判」が起こり、自治体の対策に対しては「人権を守ろうという過剰な批判」とが起こっているということですね。

中川:言葉は癒しにもなるし攻撃にもなる。このように切羽詰まっている社会だから、本当の戦うべき相手を見極めたほうがいいと思います。

列座:正直、新型コロナウイルスとそれに伴う混乱でお店の売上は減りましたか?
中川:なかなか複雑で、ランチ部門の売り上げはのびています。新型コロナウイルスのおかげでテイクアウト・デリバリーが身につきました。ただ、TREEはディナー部門にも従来かなり力を入れていたのですが、飲み会や結婚式の二次会等が減ってしまいました。そもそも結婚式自体が中止や延期になっています。
あ…「いらっしゃいませ~!」

中川さん、お忙しい中、本当にありがとうございました。

バンズとハンバーグのボリュームだけでなく、アボカドとレタスが新鮮!すごい食べごたえです。

これはふざけているのでなく、大ぶりのハンバーガーをこぼさないで食べようとすると、本当にこういう姿勢になるのです。

確かに自分の身を守るために批判しあうことが、結果として攻撃しあうようになってしまう。それは本当に自分の身を守ることになるのか? どうだろう? おっしゃるように私たちは本当の敵を見失っているのかもしれない。飲食店は経済的な影響が一番でやすいところだからこそ、その言葉には重みがあった。
肉がはみ出るようなハンバーガーを食べながら、そんなことを話し合いました。

【関連記事】三条市 一ノ木戸商店街の拠点施設「TREE」マネージャーの中川裕稀氏が独立起業
https://www.niikei.jp/36542/

2020年8月10日

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フードバンクの記事が三条新聞に!

8月10日(月)の三条新聞に、先般7月30日(木)に受け渡しを行ったフードバンクの記事が掲載されていました!

第7面に大きく掲載いただきました!ありがとうございます。

今後も8月末9月末を引き取り日として、継続してフードバンクの支援を行う予定です。
引き続きご協力のほど、よろしくお願いいたします。

2020年8月7日

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DODALO「わたしたちにとって、本当に急ぐべき事、必要な事は何ですか?」

 

「共に不急の事を諍う」

 『大無量寿経』釈尊の仰せ/『真宗聖典』58頁

【解説及び出典】

お釈迦様のお勧めは、阿弥陀仏の極楽浄土を心にかけて生き生きと生きて行きなさいということでした①。しかし五濁増進の時にあって、我々はその言葉に耳を傾け受け止めることが出来ません②。火宅無常の世界と指摘されながら③、その危うさ、虚しさを感じることが出来ないのです。そして、まだ行ったこともなく、見てきた人もいない阿弥陀仏の極楽世界の素晴らしさをいくら説かれても、にわかに信じることが出来ません④。ここに煩悩に眼を障えられている人間の悲しさがあります。そのような我々にお釈迦様は、この娑婆世界とそこに生きる人間の愚かさを、そして無常の道理をまざまざと説き、露わにして下さいました⑤。この世界の、そしてそこに生きる人間の有り様ならば、我々にも頷くことが出来るはずです。「諸行無常」とは仏教の旗印です⑥。それはいたずらに焦りを促すというものではなく、今を大切にして欲しいというお釈迦様からの切実なる願いでした。そうです。私達の残された寿命は、砂時計の砂は、あとどれだけ残っているか、実は分からないはずなのです⑦。無常の道理を省みることなく、急がないでいいことに汲々としている⑧。それは悲しいことではないですかとお釈迦様は仰せになりました⑨。我々にとって、本当に急ぐべき事、必要な事は何ですか。今こそ、そのことをお寺に、三条別院に聞きに行きませんか。皆さんとご一緒に語らうことを楽しみにしています。

齊藤研

正樂寺(三条市)

 

 ** 註 **

①「仁者(きみ)ただ決定してこの道を尋ねて行け」とは釈尊の東岸上よりの勧めであり、目指す行く先は西岸である阿弥陀仏の極楽浄土である。「汝一心に正念にして直ちに来れ、我れよく汝を護らん」とは西岸の阿弥陀仏の喚びかけである。この二尊の意にしたがい、念仏もうし人生を生ききっていくことを親鸞聖人は明らかにされた。

②『阿弥陀経』には諸仏の仕事として、念仏衆生に対する勧信・証誠・護念・讃歎が明らかにされているが、それは五濁悪時に生きる衆生が、いかに念仏の教えを信じ難いかを反証するものである。故に『大経』には、「もしこの経を聞きて、信楽受持せること難中の難なり、これに過ぎたる難なし」と説き、また「一切世間極難信法」(『称讃浄土経』)と説かれ、親鸞聖人は、十方恒沙の諸仏は 極難信ののりをとき 五濁悪世のためにとて 証誠護念せしめたり」等と和讃に詠み込まれた。

③「火宅無常の世界」。直接には『歎異抄』「後序」に見られる文言であるが、その根拠は仏説である。『法華経』譬喩品の火宅三車の例えは特に有名であるが、大乗経典のなかで娑婆を火宅に例えたものは枚挙に暇がない。また『観経疏』二河譬にも見ることの出来る表現である。

④釈尊は『大無量寿経』上巻の途中より、極楽浄土こそ目指すべき世界であるとその素晴らしさに焦点を当てて説かれてきたが、ここ三毒段に至って一転し、「然るに世人、薄俗にして共に不急の事を諍う(『真宗聖典』五八頁)」と指摘されることとなった。「(阿弥陀仏の浄土に往き生まれなさい。真の道を求めなさい。輝く命を得ることができるのですから。)それにもかかわらず、どうして世の人々は、軽薄で俗臭くて、共に急がないでいいことを競うように必死に争っているのか」との意である。

⑤『大無量寿経』「三毒五悪段」を指す。

⑥三法印、または四法印の一つ。『涅槃経』に登場する雪山童子の聞き取った偈文が有名で、法隆寺に所蔵される玉虫厨子の壁面図柄のモチーフにもなり、古来より日本人のこころに染み入ってきた「もののあわれ」を根底から支える仏教の道理である。

⑦砂時計の下部に落ちきった砂を現在の実年齢とし、残りの寿命は時計上部にある砂の数である考えたときに、平均年齢という考え方から、残りの上部の砂の分量を推察できるように思えるが、実は出来ない。上部の砂量が隠されている状態を我々は生きているとするのが無常の感覚ではないか。

⑧不要不急の外出を控えるように呼びかけられている時勢に至って、仏教者に限らず世界人類が、本当に必要なこと、急用なこととは一体何なのかを問われていると感じる。

⑨『大無量寿経』三毒五悪段には、「如何ぞ道を求めざらん。」「哀れなるかな。甚だ傷むべし。」「痛み言うべからず。甚だ哀愍すべし。」「たとえば大火の、人の身を梵焼するがごとし。」等と悲痛の言を持って釈尊は仰せられた。この悲しみの感覚は、四門出遊の伝説として残されている世の非常を悟られた感覚や、自らの出家を留めるために開かれた大宴会における侍女達の乱痴気騒ぎに対して抱いた嫌悪感と、宴会後の朝早くに見ることになった醜悪な関係者の寝姿への感情などと同質のものである。

 


座談カード「DODALO(ドーダロー)」とは

座談。何人かが集まって、ある問題について、意見や感想を述べ合う会のことです。三条別院でも、法話を聞いた後に、座談をします。自分の考えを誰かに話してみる。他者の話に耳を傾け聞いてみる。話すことや他者の考えを聞くことを通して、自分と他者との違いを知り、自分の考えをあらためて見つめなおすことができると思います。座談の場は、他者にも自分にも出会うことのできる、とっても大切な場なんじゃないでしょうか。いつでもどこでも誰とでもが出会うことのできる座談の場が気楽に開かれていってほしい。そんなコミュニケーションツールとなるカード制作を目指しています!9月に正式版の発表を目指し、
ニシムラデザインの協力を得て
鋭意作成中です!
乞うご期待!

座談カード「DODALO」の使い方

まずは手にとってみよう!文章について考えてみよう!誰かにその考えを話してみよう!誰かの考えを聞いてみよう!法語と法話を読んでみよう!
「どうだろう」。ひとりで座談カードの文章について考えをめぐらしてみるのもよし、誰かとそれぞれの考えを話したり聞いたりするのもよしです。「正解」があるわけじゃありません。だから、その人、その人の考えや意見があっていいんです。かといって、無理に話をする必要もないし、話題が脱線したってかまわない。だとしたら、自分のおもいや、考えを話すときに大切なことって何だろう。DODALO?

集まりで使ってみる、お参りの時に持っていく、手にとってもらえるように置いておく、カードの写真を撮って自分の考えをSNSで発信してみる、などなど、この7月版の使い方は自由!こうやって使ってみるのはDODALO?試行錯誤鋭意作製中の「DODALO」です。
是非皆さんのご意見やご感想をお聞かせください。

 

追記: 7月号告知版が好評のため、今後の展開を十分に計画することになりました。

申し訳ございませんが、9月での座談カード「DODALO」の発表は延期することになりました。

ご了承くださいますようお願い申し上げます。

いましばらくお待ちください(2020年9月)

 

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