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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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三条別院に想う
MEMORIES OF THE BETSUIN

2020年5月4日

三条別院に想う

コロナウイルス感染症と三条市の経済について(ベジテーブル白鳥賢氏)

▲4月末現在、全国に緊急事態宣言が発令されましたが、コロナウイルス感染症の収束の目途が立ちません。三条別院のある三条市は中小企業や個人事業主が多く、それ故、長期化すると経済的な打撃を受けやすく、特に夜の飲食店は危機的な状況にあります。三条の経済の実際の状況について、お取り越し報恩講のスタンプラリーなどでご協力いただいているベジテーブル社長の白鳥氏に執筆していただきました。


2020年初頭から世界中に広まった新型コロナウイルス感染症は、あっという間にパンデミックを宣言するに至りました。世界は主要都市を封鎖し、渡航を制限、世界を挙げてこの感染症撲滅に専念することとなりました。 感染者の爆発的増加からの医療崩壊を防ぎ、致死率増加を食い止めるため、日本政府がとった策は「人との接触を八割減らす」でした。「不要不急の外出自粛」によって「まち」はその活気を失い、生活を豊かに彩ってきた多くの産業が突然瀕死の状態に追い込まれました。
中でも県内人口比率で最大の飲食街を持つ三条はその影響が甚大です。多くの飲食店が慌ててデリバリーやテイクアウトを始めていますが事業を支えるほどの効果は見られないのが実状です。今は事業を様々に工夫し助け合い、国、県、市が打ち出している支援策を活用し、なんとか生き延びようとしています。ここは三条商人の腕の見せ所です!
個人的には、幸い①原因が明確②金融が健全③清潔で協調性ある国民性、によって、世界が協力して取り組んでいる予防薬、特効薬の供給が始まれば、ある程度落ち着いた日常が戻ってくるのではないかと考えています。但し、タイムリミットはあります。2ヵ月3ヵ月ならまだしも、これが半年、1年となると事業者の体力は尽き、市民経済は困窮を極めてくると思われます。市民活動が止まったまま、さすがに長期間の持久戦は不可能です。 今後どうなってゆくのか、今どうすべきなのかは一事業者の私には暗中模索の日々ですが、明らかに人の流れ、行動様式は変わり、価値観も変わってゆくのでしょう。たとえコロナショックの見通しがたったとしても、おそらく以前のような社会はしばらく戻らないのではないしょうか。
一方で、この機に遠隔医療、市役所のネット手続き、遠隔教育、自動運転などテクノロジーの社会実装が一気に進み、便利で衛生的な近未来がいとも簡単に実現するのかもしれません。 そのとき最も大切なのは「心の豊かさ」をどう実現するのか、なのかもしれませんね。

白鳥 賢 氏(有限会社四季の定期便代表取締役)

▲執筆していただいた後に、三条市の飲食店などの現状や心境について、さらに詳しくお聞きしてみました。

Q、執筆いただきありがとうございます。ちょうど4月16日、全国に緊急事態宣言が拡大されました。耐え抜いた時の「心の豊かさ」について、僧侶たちも力になれるかもしれないです。「2、3ヵ月」が勝負とありますが、いくつか質問させてください。
Q①、国、県、市の支援策からもれてしまいそうな業種はあるのでしょうか?
A①、当初制限がかかりましたが今は割と網羅されているのではないでしょうか。
Q②、また特に苦しんでいらっしゃる業種の方はどのような方でしょうか。
A②、居酒屋とか、クラブとか、しかも割と大きいところほど大変らしいです。
Q③、実際白鳥さんのところで給付金などの手続きははじまっているのでしょうか?
A③、給付手続きは補正予算成立後だということでタイミング待ちです。今は手持ち資金で持ち堪えています。
(4月27日現在、三条市では持続化給付金前借り支給等の対応をはじめている)
Q④、行政とは独自に「三条商人」が協力しあっている対策は主だったものはどのようなものでしょうか。
A④、カンテツさんがYou Tubeで市内飲食店を紹介するため資料を集めています。また工業会が料亭さんから積極的に弁当を頼んだりしています。
Q⑤、雇用主と従業員と心境が若干違うと思いますが、白鳥さんのところはどうでしょうか。いろいろとすいません。状況はさまざまであると思いますが、主観でもかまいませんので教えていただければと思います。
A⑤、従業員には「ぜんぜん大丈夫」と言っています。店も来店が少なくても通常営業してなるべく普通にしています。オーナーの心境としてはドキドキです。ただ、ウチは商いが比較的小さいのでこういう時はまだマシです。大きくやっているところは深刻です。毎日固定費が湯水のように消えていきますので。いままで「やり手」と言われていた飲食店ほど被害が大きいのが特徴です。歴史上飢饉など国難のときでも仏教は人々の心の支えでしたよね。奈良の大仏も感染症蔓延のときできたと聞きました。期待しています。
Q⑥、ちなみに他にも別院に望むことやしてほしいことなどありますか?
A⑥、別院職員の「順番に弁当買う」はとても良いと思います。何がいいかって、その飲食店が励まされます。応援してもらっている実感があります。あとYou Tube別院で親鸞の教えをわかりやすく説く。最後に傾聴をオンラインで出来たらいいですよね。Zoom別院とかLINE別院など、TV電話機能で話しを聞いてもらえるなど、いいと思います。

2020年2月21日

ブログ 三条別院に想う

「鍛冶ガール」について三条マルシェ実行委員に執筆してもらいました!

【三条別院に想う】鈴木千博氏(三条マルシェ実行委員)

昔、よく散歩したり走りまわったりしてたな

昔、裏山があったよな

三条マルシェに携わる様になってから、昔みたいによく訪れる様になりました

すごく懐かしく感じています

 

この街の中心にある別院さん

時代は変わっても三条の中心から、街全体を見守るかのようにそこにいてくれていますね

色んな時代を見てきたんだと思います

別院さん、もしこの街の今とはちょっと違った風景が見れたらどうですか?

もし、昔見ていたような懐かしい風景も

また見れるかもしれないとなったらワクワクしませんか?

 

私は【鍛冶ガール】という2次元キャラを、多くの方々と共にこの街に誕生させました

もしかしたらその鍛冶ガールが、そんな風景を見せてくれるかもしれません

別院さん、その時は鍛冶ガールが別院さんの敷地内を散歩したり走りまわったり

するかもしれませんが、その時は許してあげてください

そして、この街のちょっと違った風景をニコニコしながら見守ってください

 

この街を、今よりも元気で面白い街にしていきたいと想います

昔走りまわっていた別院さんの敷地内で、そう想います

中央が鈴木氏。それを囲むイベント班を中心とした三条マルシェ実行委員たち。

 

【「鍛冶ガール」に想う】

三条別院の職員として私が町おこしをしたいと思うのは、別院周辺の本寺小路や中央商店街や一ノ木戸商店街がふたたび賑わえば、三条別院への参詣者が増え、仏教を聞いてもらうきっかけになれればという理由である。この「町おこしをしたい」という理由は、中小企業であれば経済を活性化したいということや、過疎などに伴う人口流出の加速などの深刻な問題や、実生活における不便(スーパーマーケットや病院など)の問題や、あるいは仲間を増やしたい、あるいは自己実現の場としたいということだったり、自分たちの町を自分たちで作るという意識であったり、さまざまであると思われる。さて、今回の主題の「三条マルシェ」であるが、三条別院も年に1回程度会場となるということで、実行委員としても参加させていただいている(出席率は悪いが別院開催の時の会議はなるべく出席している)。その良さは三条市民みずからによる実行委員制で、やけに頻度が多いことや、それに伴う気軽さや敷居の低さであるといえよう。そこには多種多様な町おこしの動機達が集まってくる。今回三条市体育文化会館のリニューアルイベントで三条マルシェが行われた際には、三十路をはるかに越えたおじさんたちが「萌え」で町おこしをしたいということで(「萌えおこし」というのはもはや現代用語になっているという…)、鈴木氏をはじめとした委員の懸命の働きかけで、「鍛冶ガール」というキャラクターが短期間で誕生した(それを私は横で見ていた)。短期間に委員間で多量のやりとりがありすぎて私はマルシェのグループラインの通知をオフにしたくらいである。今後は映画化などを目指しているというが、このような過剰な情熱を敷居を低く受け入れる土壌が三条マルシェにはあるということが良いところである。今回発案者のイベント班の鈴木さんから原稿を書いてもらい、認知度が高まる前に「青田買い」したので、ゆくゆくはこの記事の価値が出るかもしれない。あるいは星くずとなって消えるかもしれない。しかし、お寺は敷居が高いと言われることもある昨今、このような取り組みに学ぶことがあるように思う。

(斎木)

【リンク(更なる詳細)】

ケンオードットコムのマルシェの記事

鈴木氏のブログ

2019年1月18日

三条別院に想う

世久利亭応契(せきゅりていおうけい)氏に「別院に想う」を執筆していただきました!

JR弥彦線、混み合う電車を北三条駅で降り、駐輪場に置いてある自転車に乗る。図書館の前から路地に入り、大きなお寺の塀に沿って走り商店街へ抜ける。高校時代の朝の光景である。その左手に見えていたお寺が、真宗大谷派三条別院であった。当時は名前も知らず、ああ立派なお寺があるなぁ、くらいの認識であった。

別院の名を知ったのは、大学生の時である。県内の大学に進学した私は、落語研究部いわゆる落研(オチケン)に入部した。ある日、母が私に三條新聞を見せ

「なんか落語の人が来るみたいだよ」

と言う。見てみると、三遊亭金馬の名が目に飛び込んできた。落語好きなら知らぬ者の無い大御所。その落語会の会場が三条別院、毎朝のように横目に見ていたあの立派なお寺である。しかし大学時代は所用で行かずじまいであった。

大学卒業後、就職した私は二年ほど仕事に専念したものの、色々あってまた落語を始めた。と言っても落語家になったわけではなく、いわゆる社会人落語である。新潟市の会社に勤務しながら、地元である燕市を拠点とするアマチュア落語団体を立ち上げ、落語の口演をするようになった。その旗揚げイベントを大々的に開催した三か月後、三条の支社に異動になった。

何事もなく数カ月働いたある日、上司から何かのポスターを渡された。

「田辺君、これ行けば?」

それは、ごぼさま寄席、三遊亭金馬落語会であった。

こうして初めて別院に足を踏み入れた、さらに数か月後、三条市職員を名乗る人物からメールで落語の依頼が来た。別院で落語をやらないか、というものだった。

三条市の企画で「落語と法話」と題し、別院の列座の方による法話と、我々で落語をやることになる。何度かの打ち合わせを経て、別院の旧御堂で口演に臨んだ。演者の名前を掲示するめくり台を別院の備品からお借りした。そこには、前年使われたであろう金馬師匠のめくりが掛かっていた。

落語がつないだ、別院とのご縁の話。

田辺 晃一〔世久利亭応契(せきゅりていおうけい)〕 氏(落語研究会新潟県央 会長)

▲田辺さんには、二〇一七年・二〇一八年と三条中央公民館主催の「落語と法話」で、同会に所属する樋浦重一さんと、旧御堂にて落語を口演していただきました。社会人落語は、社会人経験を積んだうえで落語を研究しているため、プロとも学生落語をとも異なる面白さがあると田辺さんは語られます。ちなみにALSOKに勤める田辺さんの得意な演目は泥棒ネタ(!)だそうです。

▲ちなみに下が、ともに落語を口演していただいた樋浦さん(運転し亭越後屋)さんです。お二人は高校の同級生で、新潟県のアマチュア落語会を牽引しています!

2019年1月18日

三条別院に想う

書道教室生徒に「別院に想う」を執筆していただきました!

三条東別院の書道教室でお世話になっています。講師は木原光威先生で、講座名は東友会といいます。私は基本的には、毎月の昇級課題を取り組み、主に楷書、行書、草書をそれぞれ教わっています。他にも先生に勧められて東友会の生徒さんと一緒に展覧会に作品を出品しています。先生からアドバイスを受けながらの作品作りですので自分のモチベーションも上がり、楽しく続けられています。教室に来て字を書いていると終わりの時間になる頃には頭がスッキリして気分転換にもなります。その他に私にはもう一つの気分転換の理由があって、講師の木原先生は以前、高校の教師をされていて、そして私は木原先生の生徒でした。元々担任と生徒という関係でしたので毎回、書道教室に行くと高校時代に戻ったような感覚になってリフレッシュ感を求めに来ている自分もいるのかな? と思って続けています。

そして、この書道教室も開講当初から習い始め、先月で六年が経ちました。

六年もこちらの東別院でお世話になると職員の方々(主に斎木さん)と親しくなり、書道教室が終わった後には時々、本寺小路に出向いてお酒を酌み交わしながら親睦を深めたりといろいろ仲良くさせてもらっています。

そんな東別院と関りとして思うことは、やっぱり「お取り越し」でしょうか。

三条で育っているので子どもの頃から祖父母や父母からお取り越しの話を聞いてきましたし、友達と一緒に出店を巡った思い出もあります。

近年では東別院の本堂で舞台劇やフリーマーケット、三条マルシェなど、街の人が来て三条別院と関われるイベントが多いし、もっと人が集まって楽しい環境になるなら喜ばしいし、私も微力ですが手伝えることがあればやりたいと思っています。今後もっと三条別院が活気づいてほしいと思います。

安田 裕孝 氏(三条別院書道教室「東友会」)

▲三条別院書道教室の開講当時から継続して参加していただいている安田氏に、執筆していただきました!

ダイソン・レイコップ奉仕団が平日だったため、参加できず残念がっている安田氏の写真もありましたので、添付させていただきます。

2017年12月28日

三条別院に想う

「むさしや」から三条別院に想うを執筆していただきました!

地元を離れ、何度も里帰りするたびに街並みやお店が綺麗に変わっていたり、通っていた三条小学校も閉校してたり、めまぐるしく常に三条は変化していて、夏の始め頃に11年ぶりに戻ったら改めてやはり人通りや商店はなんだか鄙びた感じでした。
昔は、お盆の時は夜遅くまでお墓参りに提灯を持って行き交う人々がいて、街中は賑わうものだと思ってましたが、時代の変化とともに、夜は人通りも減り、迎え火の提灯を持つ人もまばらになったものだと眺めておりました。
そんな夏が過ぎ、10月に「三条本寺小路あかり物語」というイベントを、僕がいない間から開催し始めたのを知りました!
実際にライトアップされている三条別院はとても圧巻で幻想的でした。
勝手に、お寺様のイメージは「伝統的な堅物」でしたが、時代に合わせて変化をし、常に日常に溶け込むものでありました。
私事で1年間フランスに住んでおりましたが、街の中心は交通手段の駅ではなく、教会でした。きっとそれは昔から人々の生活に溶け込んでいたのだと思いました。
日本も同じように、三条別院は昔から三条の人々の暮らしに溶け込んでいたと思います。
そして柔軟に新しいことも取り入れて、年末の「すす払い」と「除夜の鐘」にまさかのドイツのお菓子のシュトーレンをコラボさせてもらいました!
伝統と新しい事を融合させてもっと三条を盛り上げていきたいものですね。 
牧野 浩久 氏(むさしや菓子店)

▲東京の有名洋菓子店で10年修業し、その後フランスで一年間修業をしたむさしやの牧野さんに、2017年のお取り越し報恩講×三条中央商店街のスタンプラリーにも協力していただき、すす払い・除夜の鐘に併せて、小さいサイズのシュトーレンも作っていただきました!

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