どんな日も、どんな時代も、そばにある。

三条別院|浄土真宗 真宗大谷派
三条別院|浄土真宗 真宗大谷派

最新情報
NEWS

2026年2月19日

ブログ

2026年春彼岸会・全戦争犠牲者追弔法会

3月17日(火)13時30分から15時 春彼岸逮夜法要

安原 陽二 氏(中越12組安淨寺)

3月18日(水)10時から12時、13時30分から15時

春彼岸日中法要、逮夜法要

井上 正 氏(第10組受德寺)

3月19日(木)10時から12時

春彼岸日中法要兼全戦争犠牲者追弔法会

北條頼宗 氏(第6組照行寺)

1995年の戦後50年の節目から全戦争犠牲者追弔法会を勤めており、今年で第30回となります。春彼岸会〔3月17日(月)~19日(水)〕初逮夜兼修。法要への出仕者(内陣・外陣)も募っております。次第・装束はHP及び案内チラシをご覧ください。

2026年1月29日

別院だより

三条別院だより2月号をお届します

2026年1月29日

三条別院に想う

報恩講掛役としての想い

堀川 慶樹 氏(第16組淨專寺)

私は、三条別院からの案内がきっかけで、何回か掛役を務めさせていただきました。最初は不安ではありましたが、仏具の扱い方や和蠟燭の灯りの点け方などを学ぶことで、法要のお手伝いをさせていただく素晴らしさを感じ取りました。掛役は法要や儀式などの進行を円滑に進める重要な役割を果たす仕事です。僧侶や他の参加者と共に協力して作法、道具の準備、仏具の運搬などを担って執り行っています。掛役は表立たない仕事だと思いますが、お参りしている方々は、注目して見ていると思っています。

法要では、始まる一時間前に梵鐘を撞き、三十分前に太鼓で装束案内を知らせ、出仕する際に喚鐘を鳴らして知らせます。私たち掛役は、法要が始まる前は準備で忙しく動きます。立てる蝋燭と立て替える蝋燭を作る準備です。皆さんが使っている誕生日の蝋燭の大きさではなく、二の腕の大きさと太さの和蝋燭を準備するのです。皆さんはライターやマッチなどで火を点ければ良いと思うかもしれませんが、和蠟燭の場合はそういうわけにはいかないのです。和蠟燭は、火をつける前に芯を焼く必要があり、焼く際もこつがいります。蝋燭を回転しながら焼いて、芯の天辺に長い針を刺して空気の通り道を空けることで本当に点けたことになるのです。私は初めての掛役で、和蠟燭の点け方に手順があることに驚きました。そのほかに焼いた香炭を焼香ができるように火舎香炉に入れることや、法要中に燃えている和蠟燭の芯を切るための切燭の切った芯を入れる芯切壺を準備します。報恩講などで使う和讃本で読む場所に小説の栞に似た字指しを挟んでいきます。

とにかく、私たち掛役の仕事は、法要の進行を円滑に進めていく重要な役割だと思いました。私は掛役の仕事に誘っていただき、本当によかったと思っています。大谷派の作法は、資料には書いてありますが、実際にやってみなければ分からないことが沢山あると思います。私は失敗もありましたが、再度挑戦させて頂き、上手くいったときは達成感がありました。法要は、出仕頂いている方々と、それを支えている掛役の両輪で成り立っていると思います。私は、これからも別院の法要の掛役をさせていただきたいと思っています。来年の報恩講に向けて、研鑽していきたいと思っています。

○次回の「三条別院に想う」は、

家本 久和 氏(横浜別院列座)よりご執筆いただきます。

2026年1月8日

三条別院に想う

大津別院・高田別院・三条別院に想う

比叡谷 紗誓 氏(京都教区 近江第26組德乘寺 大津別院列座)

三条別院に最後にお参りさせて頂いたのは2007年の報恩講だった。高田の雅楽のお仲間と一緒に、私は三年ほど続けて寄せてもらった。初めて足を踏み入れたとき、何か、深い・遠いとすら感じたような気がするが、ただ本当に本堂の大きさに圧倒されたのかもしれない。
中越沖地震の後だったため、法要中に短い揺れがあった。輪灯が振れるのを見ながら、収まるのをただ願うしかできなかった。法要中に大きな地震が来たらどうするか、その場の判断で、回向に飛んでおつとめを終えることもあるかもしれない、と周りから聞かせてもらった。不測の事態の対処法を憶えておくことで、ほんの少しお勤め中の心構えになったと思う。

もともと実家の家族の会話には「べついん」がよく出てきて、車でちょっとの距離の髙田別院に私自身はあまり身を運んだことがなくとも、子供の時分から親しみがあった。
お寺の跡継ぎと結婚し(“お寺に嫁いだ”わけではない!)、滋賀県に住まいするようになってから気付いたのは、県内にも隣の京都府にも別院はいくつもあるものの、車でも電車でもどこも一時間程かかること。逆に言うとどこへも行けたので、機会を見つけては身を運んだ。所属寺に足が向かなかったその頃の私は、別院の本堂のような、誰もが座れる場を必要としていたのだと思う。そうやってお参りした長浜・五村別院でも多くの人と出遇わせてもらい、そして今は大津別院に奉職させて頂いている。
全国にある別院はそれぞれ由緒も歴史も違うが、その時その時代の人が何かを抱えながら身を置き、南無阿弥陀仏に出遇ってきた場だと思う。蓮如上人が仰っている「身をすてて、平座にて、みなと同坐(蓮如上人御一代記聞書)」する場になってきたなら本当に尊いことだ。立場を越え、老若男女の別なく、真に同朋平座がひらかれるよう、今の人、これから先の人のために、この場をつないでいきたい。それが、全国にいる、私たちのためなのではないだろうか。

○次回の「三条別院に想う」は、
堀川 慶樹 氏(第16組淨專寺)よりご執筆いただきます。

2026年1月8日

別院だより

三条別院だより1月号をお届します

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