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三条別院|浄土真宗 真宗大谷派
三条別院|浄土真宗 真宗大谷派

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2019年8月26日

ブログ

2019年朝の人生講座報告

2017年の朝の人生講座より、テーマを「生老病死」と決め、3年目の今年は「病」ということで、20代僧侶、30代僧侶、40代僧侶、50代僧侶の皆さんにそれぞれお話しいただきました。

福田拓哉氏(新潟市南区福圓寺)講題は「闘と共」

塚本智秀氏(新潟市南区等運寺)講題は「病が見えない」

井上知法氏(長岡市願性寺)講題は「病むほどの責任と無責任と云う病いについて」

鏑木智子氏(新潟市中央区勝樂寺衆徒)講題は「種々に善巧方便し」

同時に2017年から中央商店街のコロネットに協力していただき、オリジナルのパンと牛乳を朝食として配布しています。今年は三条市役所健康づくり課食育推進室から「共食(きょうしょく)」を提案していただき、残っていただける参詣者と法話講師・輪番・職員で旧御堂でパンと牛乳を食べました。

今年のパンは…

大納言スネイクがさらに三条別院のイメージカラーの緑色の豆に!

市役所の職員さんがもってきていただいたトースターでパンを温めるために行列ができる。

法話講師も職員も参詣者といっしょに朝食。

従来から「法話講師に質問の時間を設けてほしい」という要望がありましたが、今回の共食の試みによって、講師に親しくいろいろなお話を聞くこともできるようになりました。今回は参詣者がそれほど多くはありませんでしたが、しかし確実に関わる人々が増えてきたと感じます。そしてこちらからの発信ではなく、三条市が「朝の人生講座を共食の会場にしませんか」と別院まで足を運んで提案してくれたことは、別院が気軽に声をかけることのできる存在になりつつあることであり、そして共食の会場になることで、また入りやすくなるのではないでしょうか(これは先般紹介した竹中智秀師が「えらばず、きらわず、みすてず」といった仏さまの心をふまえて記しました)。

2019年8月17日

講演会・お知らせ

朝の人生講座2019の講師と講題が決定!

今年の朝の人生講座(8月22日から25日朝6時から7時30分)のテーマは「病」。釈尊の出家に際する挿話で、四門出遊(しもんしゅつゆう)があります。遊園に出遊する途中で、老人・病人・死人などを見て、人生の苦を感じ、それが出家の動機になったとされています。直接的には死を、そして老や死にであう時、「生」を中心に馬車馬のように生きている自分自身にはじめて疑問をもつかもしれません。「もし馬車馬的な生に対する関係を脱却して、目蔽いをとりはずして、生と死の関係の全体を、もう一度新しく考えなおそうとするときには、いままで考えていた時間の考え方とか、空間の考え方とか、そういうものが皆変わってしまわねばならないような、困難な思考をとることを、余儀なくされる」(武内義範『親鸞と現代』)。

今年のテーマは「病」。各講師の写真と個別の講題が決定しました。

22日(木)福田拓哉氏(新潟市南区福圓寺)の講題は「闘と共」。(写真左から2番目)

20代僧侶の福田氏は(現在29歳)、昨年まで日本精機で勤められており、産業機械用メーターの設計を担当していたということです。コンピューターを駆使する理系の僧侶は意外と少ないのが実情です。仕事のかたわら毎週土曜日に三条真宗学院に通い、今年の春に真宗大谷派教師となり、また、新しい仕事に転職されたそうです。いまどんなことを考えているのでしょうか?

23日(金)塚本智秀氏(新潟市南区等運寺)の講題は「病が見えない」

30代僧侶の塚本智秀氏は、8月19日から21日まで児童夏のつどいの実行委員長としてキャンプから帰ってきてすぐにお話しいただきます。昨年住職に就任されました。前住職の塚本智光氏が、ブラジルサンパウロの開教監督・別院輪番となり地球の裏側に行ってしまったため、周りから見ると「突然住職になり苦労しているのでは?」と感じますが、その苦労もお話しいただきたいのですが、今回のテーマは「病」。どんなお話になるのでしょうか?

24日(土)井上知法氏(長岡市願性寺)の講題は「病むほどの責任と無責任と云う病いについて」

40代僧侶の井上知法氏は、現在三条市東裏館の善性寺で勤められており、地元の人からも親しまれています。善性寺の住職とともに三条別院のお取り越し報恩講の仏花を立てたり立花講習会のスタッフをされています。以前法話された時の「仲間づくりは仲間外れづくり」という言葉どおり、ストイックに「群れないこと」を一貫しているように見えます。プライベートでは4人の女の子(!)の父親で、苦労がたえないそうです。

25日(日)鏑木智子氏(新潟市勝樂寺衆徒)「種々に善巧方便し」。(写真左から2番目)

50代僧侶の鏑木氏は、楽人をされています(楽器は龍笛)。仏教とのであいと雅楽について、あるいは儀式について、お話しいただけるかもしれません。鏑木氏も今年、三条真宗学院を終了されました。

それぞれ皆さん、年齢は異なりますが、不意に訪れた転機などで、「生きる」ということの枠組み自体を問い直されている方たちばかりであると思います。僧侶の人生を通して、また自身の人生について共に考えていきましょう。

2019年8月5日

ブログ

ダイソン・レイコップ・Makita奉仕団2019

2019年8月となりました。今年もお盆明けの18日から、福島県の子どもたちが保養事業で、三条教区の夏の集いに参加のために三条別院に前泊をするため、ダイソン・レイコップ奉仕団(布団干し奉仕団)を、春に続けて行いました。今年は快晴すぎるほどで、熱中症対策で水分補給を十分にしながら行いました。災害支援実行委員からは藤田賢哉奉仕団員と夏のつどい実行委員からは廣瀬奉仕団員と渡邉奉仕団員夫妻が参加してくれ、その他児連のメンバーも、別院列座とともに、同朋会館の掛け布団80枚と敷布団80枚の布団干しと掃除機掛けを行いました。今年は、ダイソン・レイコップだけでなく、あのメーカーも参戦!

SAGAWAの軍手をかざす関﨑奉仕団員。

夏のつどいのかつての委員長であり使命に燃えた廣瀬奉仕団員は、自前のレイコップを持参してきてくれているが、今回は野外!電源式のレイコップがついに危機に立たされる。深刻な面持ちで自身のマシンをみつめる。

35℃近い夏の日差しをかえって味方につけて、同朋会館の屋根で布団を干し、そのままダイソンをかけるという荒業を。キマグレン似のお祭り男、西村奉仕団も初参戦。しかし、いつもどおりダイソンは終盤電源が持続しないで失速!電源も使えない、どうするダイソン・レイコップ奉仕団!

しかし、今回最後までもったのはMakitaのCL7FD充電式クリーナーが活躍!連続で30分はいけるでしょうか?充電時間もダイソンの半分くらい。

渡邉奉仕団員夫妻がどうしてもピザが食べたいといったので、今年も昼食はピザハットでした!

2019年7月31日

別院だより・三条教区通信

三条別院たより・三条教区通信8月号・別刷 第1次教区改編説明会特集号をお届けします

『三条別院たより』8月号・『三条教区通信』第143号をどうぞご覧ください。

また、別刷の「第1次教区改編説明会特集号」もご覧いただけます。

「第1次教区改編説明会資料」は特集号の巻末に掲載しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年7月27日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く -序文-

7月に入りました。中旬までは涼しい気候でしたが台風の影響か、徐々に暑くなってきましたね。廣河です。はて、去年はこの時期何℃でしたでしょうか。

グエーッ 灼熱!!!

オシシ仮面もびっくりですな。ちなみに三条のこのときの平均気温は27.7℃

なんだ、案外低いじゃんと思うかもしれませんが、平年差が+3.4℃の時点でお察しです(というか上旬だけガクッと気温下がっただけで他はだいたい30℃超えだった)。廣河は暑さにやられてたのか、どうやって生活してたかちょっと思い出せません…。

年はどうなるんでしょうね。雪害も今年は少なめでしたが、こういうのは反動があるものだとどうしても考えてしまいます。大事なければ良いのですが。

さて、廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第12回目です。6月28日(金)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、三巡目となりますが序文から順にご法話を頂いています。今回は三条教区18組長周寺(新潟市大原)の池田陽氏に、『歎異抄』「序文」を主題にご法話頂きました。

長周寺住職の池田氏。御本山にて本廟教導もされております。

『歎異抄』序文
【本文】※原文は漢文

竊かに愚案をめぐらして、ほぼ古今を勘うるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑あることを思うに、幸いに有縁の知識に依らずは、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まったく自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ。よって、故親鸞聖人の御物語のおもむき、耳の底に留まるところ、いささかこれをしるす。ひとえに同心行者の不審を散ぜんがためなりと、云々

【原文】

竊回愚案、粗勘古今、歎異先師口伝之真信、思有後学相続之疑惑。
幸不依有縁知識者、争得入易行一門哉。
全以自見之覚悟莫乱他力之宗旨。
仍故親鸞聖人御物語之趣、所留耳底聊注之。
偏為散同心行者之不審也。云々。

『歎異抄』端坊旧蔵永正本

【現代語訳】(今回池田さんより資料いただいているのでそれをそのまま載せております)

愚かながらひそかに聖人在生の昔と今を較べると、聖人が口ずから語った阿弥陀仏の誓願への真にして実なる信とは異なる教説がままみられることを悲しみ、後代の念仏者が真にして実なる信を受け伝えていけるかどうか心もとない。幸いにもすぐれた師に出逢うことがなければ、どうして念仏を称えるという易行門に入ることができようか。自己の勝手な理解によって阿弥陀仏のはたらきの本来の趣旨を乱してはならない。そこで故親鸞聖人が話された言葉のうち、耳の底に残っている趣旨の僅かばかりを書きしるす。心を同じくする念仏者の疑念をひたすら晴らさんがためである。云々。
【語註】

古今…親鸞聖人が、世におられた頃と、聖人亡き今日。

先師の口伝の真信…親鸞聖人の口から直接お教えいただいた、真実の信心。

後学相続の疑惑…あとの人が、信心を受け継いでいくときにおこる疑いや惑い。

有縁の知識…仏法の世界に導いてくださる大切な師。

易行の一門…本願を信じ、念仏する道。

自見の覚悟…仏法に依らない自分勝手な解釈。

他力の宗旨を乱る…本願の教えの大切な要を思い誤る。

【聞く】

さあ、『歎異抄』も一回りしまして最初に戻って参りました。ここから、御命日のつどいでは第三巡目になるわけですが、廣河は初めからではなく第八章から聞きはじめておりますので、第七章までは未知のゾーン。いよいよ初心を忘れずに、行住坐臥に、時処諸縁を嫌わないで聞いていきたいものです。

今回、池田さんより資料をいただいておりますので、それをそのまま掲載致します。以下原文

 

『歎異抄』の組織と内容

『歎異抄』は弟子唯円が師親鸞の教えと異なった邪説(異義)を歎き、それを糺すために親鸞から聞いた言葉を抜き出(抄出)して書かれたもので、大きく二部に大別される。前十章は親鸞自身が述べた語録であり、「師訓篇」といい、後八章は唯円が異義を歎き批判する「異義篇」(「歎異篇」)という。その後に信心一異の論争や唯円の述懐を記す「後述」(「後記」)がある。また専修念仏教団弾圧を記した「流罪記録」や蓮如の文である「奥書」がある。

 

組織を示すと次のようになる。

師訓篇(第一部)

序(漢文)

親鸞自身の語録(第一章から第十章まで)

異義篇(第二部)

唯円の異義を歎く言葉(第十一章から第十八章まで)

後述(後記)

流罪記録

蓮如奥書

 

師訓篇第十章は「念仏には無義~おほせそうらいき。」まで。

異義篇序「そもそもかの御在生のむかし~条々の仔細のこと。」まで。

 

異義篇第十八章は「仏法のかたに~同朋をいひおどさるるにや。」まで。

後述(後記)「右条々は~外見あるべからず。」まで。

 

歎異抄誕生 佐藤正英 説

親鸞の末娘、覚信尼の再婚相手、小野宮禅念との間に生まれた唯善が両親の死後、唯円門下に入った。

『最須敬重絵詞』にも「真俗に亘りてつたなからず、万事につけて才覚をたてられける人」と人となりがしるされるほどで、唯円の眼には、唯善は親鸞の全てを受け継ぐべき念仏者であると映った。唯善こそ長い間唯円が無意識裡に待っていた念仏者であった。唯円は、自己が親鸞から得た全てを唯善に注ぎかけた。念仏者となって間もない唯善の、稚い初歩的な疑問にも心を尽して丁寧に答えたと思われる。唯善に対するとき唯円の語り口はつい調子が高くなる。語っても語り尽せないもどかしさがついてまわる。余命いくばくもない衰残の自己をあらためて意識する。『歎異抄』を書き残そうという思念が唯円の内に萌したのはそのときであったのであろう。

『歎異抄』は、唯善との出逢いがなかったならばついに述作されることなく終ったのではなかろうか。『歎異抄』は不特定の念仏者に向けて漫然と書かれているのではない。「一室の行者」あるいは「同心行者」に宛てて述作されている。そのようにしるしたとき、唯円の念頭に思い描かれていたのは若き門弟唯善、そして唯善を核とするところの東国の念仏者たちであったのであろう。『歎異抄』はいわば唯善に宛てた書置き、すなわち遺書だったのではなかろうか。

原形復元の試み

異義条々

序 「そもそもかの御在生のむかし~条々の仔細のこと。」まで

唯円の異義を歎く言葉(第十一章から第十八章まで)

後述(後記)

歎異抄

序 「露命わづかに枯草~外見あるべからず。」まで。

漢文序

親鸞自身の語録(第一章から第十章まで)第十章は「念仏には無義~おほせそうらいき。」まで。

流罪記録

妙音院了祥『歎異鈔聞記』における章立ての内容。ちなみに了祥は江戸時代の教学者。

 

座談も白熱。そういえば、映画『歎異抄をひらく』が公開されておりますがみなさん観られましたか?廣河は倦怠と忙殺の海に流され、あんまり観る気も起きないですが、観てきた!って話は結構聞くのでどうなんかな~と思ってます。

明日、7月28日(日)の御命日のつどいでは、『歎異抄』「第一章」をテーマに第17組妙音寺(新潟市西区五十嵐三の町西)の富樫大樹氏よりお話頂きます。どうぞお誘い合わせてお参りください。

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