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2020年3月12日
2020年勿忘の鐘の報告
新型コロナウイルス感染症のため、政府主催の九周年の東日本大震災追悼式典も中止になり、三条市の福祉センターでの追弔式典も中止となりました。
三条別院でも、参詣は自粛ということで、職員を中心にということでしたが、毎朝お朝事にお参りされる米山さん、浄圓寺の菊池さんも来てくれ、今年も勿忘の鐘を打ちました。

震災直後は最大870名ほどいた避難者も、現在では、29世帯73名と減りました。それがどのような事態であるかというと、こちらで就職した方や、故郷に帰られた方、亡くなられた方など、一概には言えず、なかなか複雑なものがあります。
三条別院・三条教区の子ども保養事業(新潟のお寺に泊まろう)等にも何度か顔を出していただいた佐竹紀さん(80)も、福島県南相馬市に昨年帰郷したそうで、三条での式典には出席する予定でしたが、「行ければよかったが、こうした状況では仕方がない」と寂しがっている、と新潟日報の記事にありました。



大津波によって全壊となった岩手県陸前高田市・本稱寺の佐々木隆道さんは、「忘れないでほしい」との願いを込めて、2012年3月11日午後2時46分、土中から発見された梵鐘を撞き、法要を勤められました。

飛行機をはじめ科学技術が進歩して人々が世界中を高速で大量に移動するようになってしまった今、感染症の拡大の速さも過去とは比べられません。仏教は2000年以上前から人間の「進歩」を自我の拡大と捉え、それに懐疑的でした。
三条別院でも、梵鐘の後に、法要を勤めました。行事などを自粛している今だからこそ、仏さまの前に座り、仏教徒として今、何をできるのか、静かに考えてみたいと思います。(斎木)
2020年3月6日
廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く -「第七章」-
久々に記事を書きました。廣河です。新型コロナウィルスの話題が嫌でも耳に入ってきますが…冷静な行動をしたいものです。色々あり代わりに『歎異抄』に聞く、聞いてもらっていましたが、今回は無事聞くことができました。廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く、第19回目です。1月28日(火)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回はなななんと!三条別院職員、列座の小原暁に、『歎異抄』「第七章」を主題にご法話頂きました。
『歎異抄』第七章
【本文】
一 念仏者は無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々
【意訳】
念仏者は、何ものにも妨げられることのない、ひとすじの大道を歩むものである。その理由は、他力の信心をいただいて念仏申す者には、天の神・地の神も敬い平伏し、人間の生き方を妨げ悩ますものや、本願力によらないで救済されると考えるすべての思想も妨げとなることがない。また、自分の犯してきた過去の行いについて、善悪の報いに振り回されることがなく、他力の念仏以外のあらゆる行いも阿弥陀如来の大悲のはたらきには及ばないのであるから、無碍の一道なのであると、親鸞聖人は仰せになりました。
【語註】
天神地祇…天の神、地の神。すべての神々。
魔界…人間の生き方をさまたげ悩ますもの。
外道…仏教以外の教え。ここでは本願力のよらないで救済されると考えるすべての思想。
障碍…さわり、さまたげ。
業報…過去の行為によって受ける善悪の報い。
感ずる…過去の行為の報いが現れること。
諸善…往生、成仏のためのもろもろの善行。ここでは、他力の念仏以外のあらゆる作善。
【聞く】
『歎異抄』第七章は、我々人間の人生の歩みを脅かし、不安に満ちたものとする様々な「碍り(さわり)」について書かれています。それは、罪悪を犯せばその業報を怖れ、よい行いをすればそれに固執してやまない、人間の内にある暗い心であり、また天神地祇・魔界外道という、我々の外にあって我々を縛り脅かすものへの怖れです。しかしながら、念仏者の歩みは、内外にあって自分を縛る暗い碍りにさまたげられないものであることを顕して、「念仏者は無碍の一道なり」と、端的に力強く書かれています。
小原氏は第七章について、御自身の今の生活や、三条真宗学院生時代のときにであった人や言葉を振り返りながらお話されました。
まず、無碍とは何かというところを取り上げ、障害がないこと、邪魔するものがないことを言われた上で、その反対は有碍(うげ)であるとして、事前の告知のあったホームページの記事の言葉を借りれば翻弄であるとしました。
いわく、①妻子に翻弄される、②お寺に翻弄される、③ローンに翻弄される云々…、中々思うようには行かない日々、無碍の一道とはいえない日常だそうです。こんな私でも、無碍の一道を歩めるのだろうか…。
そこで小原氏は、『教行信証』「行巻」の言葉を引用されました。
「無碍」は、いわく、生死すなわちこれ涅槃なりと知るなり。(『真宗聖典』一九四頁)
この言葉は『華厳経』の言葉を親鸞聖人が引かれたものですが、ここに、さわりがない(無碍)というのは、生死(迷い)がそのまま覚りだとしることだ、と言われております。ちなみに「生死」というのは「しょうじ」と読み、元々は仏教語です。お釈迦様の時代のインドの言葉、サンスクリットの「サンサーラ」の訳語です。これは「輪廻」とも訳されますが、「死んでは生まれ変わること」を意味しています。そこから換言され、苦しみの人生を繰り返していく「迷い」の在り方として表現されます。また、『華厳経』の言葉と同じような表現であるとして、「正信偈」の「不断煩悩得涅槃(煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり)」の言葉も引かれました。
迷いが覚りである、煩悩を断たずして涅槃を得る、と言われても、中々信じられないのが我々。念仏すれば救われる(念仏往生)と言われても、そんな簡単で単純なことで、本当に救われるのかと、かえって疑いの目をむけてしまうのが我々です。ではどうしたらいいのか。

小原氏は、信じること、念仏がわからんというときはどうすればいいのかと提起した上で真宗学院で恩師の話された言葉を教えてくれました。
「わからないことをごまかさないで、念仏すれば往生するっていうことは何なのか、問いとして問うていく」
ごまかさない、ということが、いかにできていないか。我々は、お念仏に、阿弥陀さまに、ごまかさずに向き合っていると言えるでしょうか。日々の生活に埋没して、忘れていないでしょうか、目を背けていないでしょうか…それを問い続けること、聞き続けることの大切さを氏は述べます。
また、小原氏が大谷派教師資格の取得のために行われる修練を受けているときに、スタッフが話された言葉も言われました。
「問いは世界を開く 答えは世界を閉ざす」
私たちは、問いがあると問い続けるけれども、答えを知るとそこで歩みをやめてしまう。まずは、念仏がわからないのであれば、わからない自分があることを自覚し、ごまかさずに問い続けることを、重ねて言われました。
さらに、浄土真宗の僧侶である安田理深氏の言葉も二つ、教えてもらいました。
「道があるだけでは、信心は不完全である。道を得た人がある、ということを信ずるのが信仰の核である。人が道を具体化する。」
道があるだけでは歩もうという気にはならない。自分が何故そこを歩みたいのか、認識するために、そこを歩いてきた人の存在を感じなければ、道を歩むことの意義がわからなくなる、と小原氏は述べます。そして、自分たちより先に無碍の一道を歩まれた、親鸞聖人や、安田理深氏、そういった人たちの教えを聞いて、問いを持ち続けることが歩みとなると言われます。
またもう一つ。
「もっともっと悩まねばなりません。人類の様々な問題が私たちに圧しかかってきているのです。安っぽい喜びと安心にひたるような信仰に逃避していることはできません。むしろそういう安っぽい信仰を打ち破っていくのが浄土真宗です。」
小原氏は、安っぽい喜びと安心にひたるような信仰とは何かを問いかけ、今回の章にある「魔界外道」に連関させ、人の生活をある時は勇気づけ、ある時は悩ませ惑わすものへの信仰を話されました。つまり、普段の生活の中で、例えば天気予報の最後の血液型占いが気になってしまったり、例えば厄除けの祈願(無病息災、家内安全など)をしたり、加持祈禱、占いに一喜一憂などなど…。それらは信仰といっても、時と場合、人によって受け取り方は変わってきますから、無常であり、真実でないのです。そういった、「魔界外道」ということを打ち破っていくことが浄土真宗であり、無碍の一道を歩む人の志願ではないかと言われ、締めくくられました。

多くの御参詣。駐在の髙田さん他、小原さんの勇姿を見に真宗学院卒業生も拝聴に。
2月28日(金)の御命日のつどいでは、年頭会が勤まりました。詳細は改めて新しい記事で報告します。
また、3月28日(土)の御命日のつどいでは、佐渡組淨願寺(佐渡市片野尾)住職の藤岡正典氏に『歎異抄』第八章についてお話いただく予定でしたが、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う対応として、法話は中止とさせていただきました。当日は御命日日中法要を職員のみでお勤め(内勤め)させていただきます。
4月28日(火)の御命日のつどいは開催予定です。第18組永傳寺住職の本多智之氏に、『歎異抄』第九章を主題にお話いただきます。どうぞお誘い合わせの上、ご参詣ください。
2020年2月21日
「鍛冶ガール」について三条マルシェ実行委員に執筆してもらいました!
【三条別院に想う】鈴木千博氏(三条マルシェ実行委員)

昔、よく散歩したり走りまわったりしてたな
昔、裏山があったよな
三条マルシェに携わる様になってから、昔みたいによく訪れる様になりました
すごく懐かしく感じています
この街の中心にある別院さん
時代は変わっても三条の中心から、街全体を見守るかのようにそこにいてくれていますね
色んな時代を見てきたんだと思います
別院さん、もしこの街の今とはちょっと違った風景が見れたらどうですか?
もし、昔見ていたような懐かしい風景も
また見れるかもしれないとなったらワクワクしませんか?
私は【鍛冶ガール】という2次元キャラを、多くの方々と共にこの街に誕生させました
もしかしたらその鍛冶ガールが、そんな風景を見せてくれるかもしれません
別院さん、その時は鍛冶ガールが別院さんの敷地内を散歩したり走りまわったり
するかもしれませんが、その時は許してあげてください
そして、この街のちょっと違った風景をニコニコしながら見守ってください
この街を、今よりも元気で面白い街にしていきたいと想います
昔走りまわっていた別院さんの敷地内で、そう想います

中央が鈴木氏。それを囲むイベント班を中心とした三条マルシェ実行委員たち。
【「鍛冶ガール」に想う】
三条別院の職員として私が町おこしをしたいと思うのは、別院周辺の本寺小路や中央商店街や一ノ木戸商店街がふたたび賑わえば、三条別院への参詣者が増え、仏教を聞いてもらうきっかけになれればという理由である。この「町おこしをしたい」という理由は、中小企業であれば経済を活性化したいということや、過疎などに伴う人口流出の加速などの深刻な問題や、実生活における不便(スーパーマーケットや病院など)の問題や、あるいは仲間を増やしたい、あるいは自己実現の場としたいということだったり、自分たちの町を自分たちで作るという意識であったり、さまざまであると思われる。さて、今回の主題の「三条マルシェ」であるが、三条別院も年に1回程度会場となるということで、実行委員としても参加させていただいている(出席率は悪いが別院開催の時の会議はなるべく出席している)。その良さは三条市民みずからによる実行委員制で、やけに頻度が多いことや、それに伴う気軽さや敷居の低さであるといえよう。そこには多種多様な町おこしの動機達が集まってくる。今回三条市体育文化会館のリニューアルイベントで三条マルシェが行われた際には、三十路をはるかに越えたおじさんたちが「萌え」で町おこしをしたいということで(「萌えおこし」というのはもはや現代用語になっているという…)、鈴木氏をはじめとした委員の懸命の働きかけで、「鍛冶ガール」というキャラクターが短期間で誕生した(それを私は横で見ていた)。短期間に委員間で多量のやりとりがありすぎて私はマルシェのグループラインの通知をオフにしたくらいである。今後は映画化などを目指しているというが、このような過剰な情熱を敷居を低く受け入れる土壌が三条マルシェにはあるということが良いところである。今回発案者のイベント班の鈴木さんから原稿を書いてもらい、認知度が高まる前に「青田買い」したので、ゆくゆくはこの記事の価値が出るかもしれない。あるいは星くずとなって消えるかもしれない。しかし、お寺は敷居が高いと言われることもある昨今、このような取り組みに学ぶことがあるように思う。
(斎木)
【リンク(更なる詳細)】
2020年2月19日
定例法話「釈尊伝」がはじまりました!

■定例法話「釈尊伝」報告
2月13日(木)午後1時30分から2時30分
定例法話 仏教入門講座―釈尊伝―
講師 富沢慶栄氏(新潟市西堀超願寺、三条真宗学院指導〔仏教〕)
企画委員長の木村邦和氏から「新潟県内では一般の方々対象の真宗や仏教の講座がいまやほとんど無い」ということで、このたび別院の定例法話で「釈尊伝」の講義を行うことになりました。
古代インドに王子として生まれた釈尊は、何に悩み、何を考え、何を悟ったのか? 仏教はじまりとその中心思想を、釈尊の生涯を通して全三回でお話しいただく。
このことをチラシに掲げさせていただきました。

別院所蔵の釈迦苦行像とともにお話しいただく富沢慶栄氏。
【講義内容抜書】
まずはじめに、富沢氏は釈尊は実在の人物であり、1868年ドイツ人考古学者のフューラーが、ルンビニーでアショーカ王(インド最初の統一王朝マウリヤ朝の3代目)の法勅の石柱を発掘したことから、その実在と生没年代の推定が確かになったことが話された。ルンビニーの地図も確認した。
⇒なるほど釈尊が実在か否かという問題もかつては存在していたのですね…
そして釈尊が兜率天から白象に乗って摩耶夫人の胎内に入り、右脇から誕生し、七歩歩まれて「天上天下唯我独尊」と言われた、と語られたことの意味について、特に「右脇」ということで話された。
⇒インドの象徴的な表現は荒唐無稽に聞こえますが…
古代インドでは、アーリア人が先住民族を戦争によって破ることで、先住民族はスードラ(奴隷)、チャンダーラ(アウト・カースト、不可触選民)という位置づけとなり、アーリア人たちは支配者を中心に司祭を行うので、バラモン(司祭者)、クシャトリア(王族・貴族)、ヴァイシャ(商人・農民)と別れ、「バラモンは頭から生まれ、クシャトリアは脇から生まれ、ヴァイシャは腹から生まれ、スードラ・チャンダーラは足から生まれる」といういわれができたと解説された。右脇とは釈尊がクシャトリアの生まれであったことと関係するという。そして生まれて七歩歩むというのは、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道を超えるということと説明された。
⇒カースト制度が、戦争の勝者により作られたものであるということは考えさせられます。

超願寺所蔵の釈尊の入滅を描いた涅槃図。
【次回以降の予定】
今回は、釈尊の生涯を8つのすがたでまとめる「八相成道(はっそうじょうどう)」という考えがあり、それは「降兜率・託胎・降誕・出家・降魔・成道・転法輪・入滅」であるが、今回は「降兜率・託胎・降誕」までで、次回以降に後の5つをお話しいただきます。

今回は盛況で50名近い参詣者があった。

涅槃図の描かれる人物や動物の意味を別院職員に尋ねる参詣者たち。
【職員雑感】
4月8日の釈尊の誕生日を縁とし、三条別院では子ども奉仕団で「お誕生法要」を勤め、三条市仏教会では毎年5月の第二土曜日に花まつりを行い、白象を引いて市内を練り歩きますくなど釈尊の誕生は意外に身近です。浄土真宗の聖典である『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』も、大乗経典ではありますが、釈尊が説いた経であるという前提で書かれています。大乗経典は釈尊滅後につくられたという歴史的な視点と、それでも大乗経典は釈尊の直説であるという宗教的な視点は、私たちに「仏とは何なのか」ということを問いかけてきます。宗教的・象徴的な表現を読み解き、史実にあたる今回の講義「釈尊伝」を通して、あらためて現実に生きた釈尊に触れてみたいと思います。ぜひみなさんも第2回に参加してみてください。そして春彼岸には三条スパイス研究所と協力した精進弁当「釈迦礼弁当」もあります!
2019年12月31日
2020年、今年の一言「大悲無倦」
除夜の鐘整理券をお受け取りの皆さま、悪天候の中三条別院にお参りいただきありがとうございます。2019年はいろいろとお世話になりました。2020年もどうぞよろしくお願いします。さて、今年の一言は「大悲無倦(だいひむけん」です。大悲とは阿弥陀如来の慈悲。「無倦」とはものうきことなくということです。正信偈には「常照我」と続きます。さっそく語句を解説しましょう。
【大意】
「我もまたかの摂取の中に在れども、煩悩の眼障えられて見たてまつらずといえども、大悲倦(ものう)きこと無くして、常に我が身を照らしたもう」この言葉は親鸞聖人の「正信偈」に引用される源信僧都の言葉です。意味は「真実信心を得る人は身は娑婆にあるが、かの摂取の光明の中にいる。煩悩が眼をおおって、見ることはできないが、阿弥陀仏はそんな私たちを見捨てることなく智慧と慈悲によって照らし続けている」ということです。
【解説】
まず、阿弥陀仏の智慧と慈悲によって照らされている「我」の内容を確かめたいと思います。仏教の根本の教えとして、人間は「我(私中心の見方、考え方、生き方)」によって「苦しむ」ということがあります。しかし、戦後70年を経て便利になった現在の私たちの多くは、衣食住にも満たされ、「苦しむ」ということが分からなくなりつつあり、それと同時に本来迷いであるはずの「我」というものが「個人の尊重」などという形でかえって尊ばれているように見えます。しかし、仏教は思想ではなく真実を教えています。むしろ真実でないものは仏教ではなく思想です。「我」というものは貫くことはできない、むしろ必ず折れるということが真実です。仏さまは「我というものは必ず折れるぞ、折れたっていいのだ」と先んじて願っています。私たちの努力が挫折した時、私たちはある時は絶望しますが、努力は挫折するものなのだという優しい視線で仏さまは受けとめてくれています。そんなことに気がつかずに、私たちは我を張り続けています。しかしいつでも、先んじて仏さまは願っているのです。挫折した先には思ったよりも広い世界が開けています。(解説:斎木)






