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三条別院|浄土真宗 真宗大谷派
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定例法話「釈尊伝」がはじまりました!

■定例法話「釈尊伝」報告

2月13日(木)午後1時30分から2時30分

定例法話 仏教入門講座―釈尊伝―

講師 富沢慶栄氏(新潟市西堀超願寺、三条真宗学院指導〔仏教〕)

企画委員長の木村邦和氏から「新潟県内では一般の方々対象の真宗や仏教の講座がいまやほとんど無い」ということで、このたび別院の定例法話で「釈尊伝」の講義を行うことになりました。

古代インドに王子として生まれた釈尊は、何に悩み、何を考え、何を悟ったのか? 仏教はじまりとその中心思想を、釈尊の生涯を通して全三回でお話しいただく。

このことをチラシに掲げさせていただきました。

別院所蔵の釈迦苦行像とともにお話しいただく富沢慶栄氏。

【講義内容抜書】

まずはじめに、富沢氏は釈尊は実在の人物であり、1868年ドイツ人考古学者のフューラーが、ルンビニーでアショーカ王(インド最初の統一王朝マウリヤ朝の3代目)の法勅の石柱を発掘したことから、その実在と生没年代の推定が確かになったことが話された。ルンビニーの地図も確認した。

⇒なるほど釈尊が実在か否かという問題もかつては存在していたのですね…

 

そして釈尊が兜率天から白象に乗って摩耶夫人の胎内に入り、右脇から誕生し、七歩歩まれて「天上天下唯我独尊」と言われた、と語られたことの意味について、特に「右脇」ということで話された。

⇒インドの象徴的な表現は荒唐無稽に聞こえますが…

 

古代インドでは、アーリア人が先住民族を戦争によって破ることで、先住民族はスードラ(奴隷)、チャンダーラ(アウト・カースト、不可触選民)という位置づけとなり、アーリア人たちは支配者を中心に司祭を行うので、バラモン(司祭者)、クシャトリア(王族・貴族)、ヴァイシャ(商人・農民)と別れ、「バラモンは頭から生まれ、クシャトリアは脇から生まれ、ヴァイシャは腹から生まれ、スードラ・チャンダーラは足から生まれる」といういわれができたと解説された。右脇とは釈尊がクシャトリアの生まれであったことと関係するという。そして生まれて七歩歩むというのは、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道を超えるということと説明された。

⇒カースト制度が、戦争の勝者により作られたものであるということは考えさせられます。

超願寺所蔵の釈尊の入滅を描いた涅槃図。

【次回以降の予定】

今回は、釈尊の生涯を8つのすがたでまとめる「八相成道(はっそうじょうどう)」という考えがあり、それは「降兜率・託胎・降誕・出家・降魔・成道・転法輪・入滅」であるが、今回は「降兜率・託胎・降誕」までで、次回以降に後の5つをお話しいただきます。

今回は盛況で50名近い参詣者があった。

涅槃図の描かれる人物や動物の意味を別院職員に尋ねる参詣者たち。

【職員雑感】

4月8日の釈尊の誕生日を縁とし、三条別院では子ども奉仕団で「お誕生法要」を勤め、三条市仏教会では毎年5月の第二土曜日に花まつりを行い、白象を引いて市内を練り歩きますくなど釈尊の誕生は意外に身近です。浄土真宗の聖典である『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』も、大乗経典ではありますが、釈尊が説いた経であるという前提で書かれています。大乗経典は釈尊滅後につくられたという歴史的な視点と、それでも大乗経典は釈尊の直説であるという宗教的な視点は、私たちに「仏とは何なのか」ということを問いかけてきます。宗教的・象徴的な表現を読み解き、史実にあたる今回の講義「釈尊伝」を通して、あらためて現実に生きた釈尊に触れてみたいと思います。ぜひみなさんも第2回に参加してみてください。そして春彼岸には三条スパイス研究所と協力した精進弁当「釈迦礼弁当」もあります!

 

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