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2018年12月25日
小原が「『歎異抄』に聞く」を聞く。-第十四章-【番外編】
あれ?今回もタイトルが違いますね。毎回ご好評いただいている「廣河が『歎異抄』に聞くを聞く。」七回目の今回は、廣河が本山の御正忌団参の引率のため不在だったので、代役として私、子煩悩列座の異名をとる小原が「『歎異抄』に聞く」を聞かせていただきました。

子煩悩列座、小原暁。その瞳の先に、何を見るのか―――――――。
お取り越し報恩講が終わり、ほっとしたのも束の間、11月28日(水)に宗祖御命日日中法要が勤まりました。その後の御命日のつどいでは、一昨年から『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は三条教区第15組光善寺(三条市矢田)の佐々木憲雄氏に、『歎異抄』「第十四章」を主題にご法話頂きました。

光善寺住職 佐々木憲雄氏。三条真宗学院の先生をされていたり、法話のために各地に出向するなど、多岐にわたってご活躍されています。ホームページもあります。こちら!→光善寺
『歎異抄』「第十四章」
一 一念に八十億劫(こう)の重罪を滅(めっ)すと信ずべしということ。この条は、十悪五(じゅうあくご)逆(ぎゃく)の罪人、日ごろ念仏をもうさずして、命終(みょうじゅう)のとき、はじめて善(ぜん)知識(じしき)のおしえにて、一念もうせば八十億劫のつみを滅(めっ)し、十念もうせば、十八十(とはちじゅう)億劫(おくこう)の重罪を滅(めっ)して往生すといえり。これは、十悪五逆の軽重(きょうじゅう)をしらせんがために、一念十念といえるか、滅罪(めつざい)の利益(りやく)なり。いまだわれらが信ずるところにおよばず。そのゆえは、弥陀(みだ)の光明にてらされまいらするゆえに、一念発起(いちねんほっき)するとき、金剛(こんごう)の信心をたまわりぬれば、すでに定聚(じょうじゅ)のくらいにおさめしめたまいて、命終(みょうじゅう)すれば、もろもろの煩悩悪障(ぼんのうあくしょう)を転じて、無生(むしょう)忍(にん)をさとらしめたまうなり。この悲願ましまさずは、かかるあさましき罪人、いかでか生死(しょうじ)を解脱(げだつ)すべきとおもいて、一生のあいだもうすところの念仏は、みなことごとく、如来(にょらい)大悲(だいひ)の恩を報じ徳を謝すとおもうべきなり。念仏もうさんごとに、つみをほろぼさんと信ぜば、すでに、われとつみをけして、往生せんとはげむにてこそそうろうなれ。もししからば、一生のあいだ、おもいとおもうこと、みな生死(しょうじ)のきずなにあらざることなければ、いのちつきんまで念仏退転(たいてん)せずして往生すべし。ただし業(ごう)報(ほう)かぎりあることなれば、いかなる不思議のことにもあい、また病悩(びょうのう)苦痛(くつう)せめて、正念(しょうねん)に往せずしておわらん。念仏もうすことかたし。そのあいだのつみは、いかがして滅(めっ)すべきや。つみきえざれば、往生はかなうべからざるか。摂取不捨(せっしゅふしゃ)の願をたのみたてまつらば、いかなる不思議ありて、悪業をおかし、念仏もうさずしておわるとも、すみやかに往生をとぐべし。また、念仏のもうされんも、ただいまさとりをひらかんずる期(ご)のちかづくにしたがいても、いよいよ弥陀(みだ)をたのみ、御恩を報じたてまつるにてこそそうらわめ。つみを滅(めっ)せんとおもわんは、自力のこころにして、臨終(りんじゅう)正念(しょうねん)といのるひとの本意なれば、他力の信心なきにてそうろうなり。(『現代語 歎異抄 いま、親鸞に聞く』朝日新聞出版)
【試訳】
「南無阿弥陀仏」とひと声念仏することによって、八十億劫という果てしない時間に私が犯してきた罪を一気に消滅させることが出来る、と信じなさいということについて。
平生、念仏を称えることなくして臨終を迎えた十悪五逆の罪人が、生まれて初めてよき師の教えに遇い、ひと声称えれば八十億劫の罪を消し、十声称えれば十倍の八百億劫の重罪を消して浄土へ往生することが出来るというこの主張は、『観無量寿経』(下々品(げげぼん)の経文)を根拠とするものである。これは、十悪・五逆の罪がどれほど重いかを我々に教えるために、一声・十声と表現しているのであろうか。これは、念仏が罪を消すという利益を表している。しかし、いまだ我々が信ずるところのものではない。その理由は、阿弥陀の光に照らされて、本願によって生きようというこころが湧き起こる。それは金剛のように堅い信心を獲得(ぎゃくとく)しているのであるから、すでに正定聚(しょうじょうじゅ)の次元に包摂(ほうせつ)され、命終したときには、さまざまな煩悩や悪業を転換して、無常菩提を開くことができるのである。この阿弥陀の悲願がなかったならば、私たちのように目先のことに翻弄され、罪に無感覚である人間が、どのようにして迷いの眼をひるがえして、真実に目覚めて生きることができようか。そのように受け止めれば、一生のあいだ称える念仏は、ひとつ残らず如来大悲のご恩への感謝の表れであると思われてくるだろう。念仏を称えるたびごとに、自分の犯した罪を消そうと思うのは、自分の力で罪を消して、弥陀の浄土へ往生しようと努力することになるのである。もしそうであれば、一生のあいだのありとあらゆる思いはすべて迷いの生活へつなぎとめる鎖となるから、命が終わるまで念仏を称え続けて初めての往生が可能であろう。ただし、人間の生存は、自由意志のままにならない限定性を生きるものであるから、どんな思いがけないことに会うかもわからず、心身の病の苦しみに責められ、臨終にこころが乱されて、念仏を称えて終わることができないかもしれない。そのあいだの罪は、どのようにして消すことができようか。罪が消えなければ、往生は不可能なのか。我々を摂(おさ)めとって捨てない弥陀の本願を信ずれば、どのような不慮のことにも会い、罪業を犯し、たとえ念仏を称えずにいのちが終わろうとも、本願のはたらきで直ちに往生を遂げることができるのである。また、いのちの終わりに念仏が称えられたとしても、それは今まさに浄土のさとりが開かれるときが近づいて、いよいよ弥陀の大悲を信じ、救われるご恩への感謝を表すことになるのである。念仏を称えて罪を消そうと考えるのは、自力の発想であり、臨終にこころの乱れをなくして念仏しようとするひとの本音であるから、そのひとは他力の信心がないのである。
【語註】
八十億劫の重罪…人間がもっている罪の深さを教えるために、無限の時間の感覚で表現したもの。
十悪五逆…『観無量寿経』には、「五逆十悪具諸不善」とある。仏が説かれる、さまざまな因縁のなかで悪を犯してしか生きざるを得ない人間存在の姿。
善知識…「善親友」ともいう。仏道に教え導き入れるひと。「有縁の知識」(歎異抄 序文)と同義。
無生忍…「無生法忍」の略。虚偽を超えた真実である無上涅槃をさとること。親鸞の用法では、真の仏弟子の利益として無生忍を押さえている。
正念…一般的には、八正道(理想の境地に達するための八つの方法)のなかのひとつ。仏道に適った正しい想念の意。親鸞聖人は、称名念仏を「正念」と理解している。
第十四条は、「滅罪」がテーマになっています。まず、唯円が異義として取り上げるのは、「ひと声念仏することによって、八十億劫の重罪を滅することができると信じなさい」という主張です。簡単に言えば、念仏を自分の罪滅ぼしの道具のように使うことの問題です。
一方、唯円の受け取っている念仏のありようは、「一生のあいだもうすところの念仏は、みなことごとく、如来大悲の恩を報じ徳を謝すとおもうべきなり」です。罪のある自分をたすけてくれるのが阿弥陀如来であって、そのことへの感謝が念仏なのだから、念仏を道具のように使ってはならない、と唯円はいいます。
浄土三部経のひとつである『仏説観無量寿経』の「下下品」に、救いの手がかりの一番少ない者の救いを課題とした箇所があります。「十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。仏名を称するがゆえに、念念の中において八十億劫の生死の罪を除く」。意訳すると、「悪人が臨終に際して、念仏の師から教えられて、南無阿弥陀仏を十回称えたならば、八十億劫という膨大な量の罪を除かれる」となります。この教えをそのまま信じているのが異義者です。
第十四章には、臨終行儀(臨終の死の迎え方)に関する問題が論じられています。人は臨終のとき、念仏してその功徳で罪を消そうとしますが、臨終の苦しみにあるとき、教義について考える余裕はありません。『観経』で語られているのはこの臨終の真実だと思うのですが、それを普遍化し、罪を作ったらその都度念仏で浄化するという思想は間違いだと唯円は言うのでしょう。罪への感覚がとても鋭敏だったであろう中世、漁業や農業、商業などの私たちがいのちを保っていくために必要なこと自体に罪の意識がありました。現代では、食料をスーパーなどで買い、いのちを奪っているという感覚があまりありませんね。
佐々木先生の法話では、「臨終」と「命終」の言葉のちがいについてお話しされたことが印象的でした。「臨終」は「いのちが終わるとき」という意味ですが、第十四章にある「命終」とは、「念仏申す生活を決めたとき」と解釈し、著者である唯円もそういった意味で「命終」ということばを使っているのではないか、と仰っていました。

「臨終」と「命終」。現代においてはほぼほぼ同じ意味で使われていますが、本文を読めば頷けるように、明らかに著者は区別して使われていますね。佐々木先生の仰る上記の解釈は一つの捉え方であり、問題提起です。皆さんはどう考えますか?
次回、12月28日(金)の御命日のつどいでは、『歎異抄』第十五章をテーマに第15組長泉寺の石塚祐堂氏よりお話しいただきます。
そしておそらく次回より、「廣河が『歎異抄』に聞くを聞く」通常営業となることでしょう!廣河ファンの皆さん、乞うご期待です!
2018年12月18日
「女声」助音が本山御正忌報恩講の内陣出仕を!
三条別院お取り越し報恩講では2012年より、5日の音楽法要の助音方を女性僧侶によって勤めており、①無理に声をあわせることなく声がだせること(「女声」での助音)②女性僧侶による内陣出仕が少ないのでそのきっかけとなること、を目指してきました。御遠忌をきっかけに貸出用衣体を揃え、永寶晴香氏(柏崎市浄敬寺)を講師に、習礼を重ねてきました。今年は別院を離れ、そのスピンオフ企画で、安藤栄寿氏(新潟市勝楽寺)の内陣出退作法講習会を経て(内陣の作法だけでなく、報恩講中の式務所内の様子などについても講習がありました)、11月27日から28日まで本山御正忌報恩講の内陣出仕をするために、貸し切りバスによるツアーを組んで、28日結願晨朝と結願日中に出仕されてきたということで、写真等をいただきましたので、ここに報告させていただきます。

2018年のお取り越しお待ち受け音楽法要兼境内地総合整備事業完了奉告法要における「女声」助音。
永寶晴香氏からのコメントです。
「この二泊三日の旅の企画から催行までには約2年半程かかっておりますが、そのもっと以前から参加者の皆さんおひとりおひとりに、熱い想いがありました。宗祖親鸞聖人に遇うということはもちろん、既に仏様になられた親しい方と一緒に旅をされた方、懐かしい家族や恩師に再会する旅だった方。バスの中、おときや懇親会の席、お宿の布団の中で、それぞれが私がいただいている教えを確かめ、語り合いながらの旅でした。 お預かりしている自坊の報恩講といえば、本堂・庫裡・お勝手を走り回っている女性陣。今日までを振り返り、次の一本を踏み出させていただく報恩講に、ゆっくりゆっくりお参りさせていただきました。」

中型バスにて本山へ!

ご本山に着いて最初の1枚。キャラクターと一緒に。

一泊目、「にわ」にて宿泊。

「にわ」での懇親会の様子。

教区内寺院の団体と一緒になり、自己紹介がまわっている(決断式!?)の様子。

シュークリームは祖父江佳乃さんからの差し入れです。

27日の讃仰講演会にも!

渉成園ライトアップ①

渉成園ライトアップ②

渉成園ライトアップ③

渉成園でのぜんざい。

出仕と装束を着けた一枚。

全員揃っての御満座後の記念撮影。

臨池亭でおとき①

臨池亭でおとき②

泉仙で鉄鉢料理

泉仙で鉄鉢料理②

親鸞聖人の御旧跡である六角堂にも参拝。

同じく親鸞聖人の御旧跡である日野の法界寺にも参拝。

内陣出退作法講習会の講師である安藤氏を囲んで。

29日にはお浚えの晨朝にお参りし、午前中には内事部の山口様からご案内いただいて諸殿を巡りました。

諸殿拝観の様子①

諸殿拝観の様子②
別院での研修が、別院をとび超えてこのような形で実を結び、新しいつながり等も生まれ、さらにこれからのきっかけになっていく、可能性はさらに未知数となった今回の研修(?)でした!ご報告の写真をいただき、ありがとうございました。
2018年12月11日
真宗本廟(京都東本願寺)の御正忌報恩講に団体参拝【報告】
毎年、別院で企画している本山御正忌報恩講団体参拝。11月27日から29日の2泊3日。今年の参加人数は37名集まりました(内引率者2名、別院教化審議会会長渡邉智龍氏、列座廣河敦)。27日、まだ日の出ていない早朝から新潟を出発し、14時頃に本山に到着しました。そのまま結願逮夜法要を参拝しまして、バス移動で疲れた体を癒すため、宿に向かいました。また、宿での夕食後は皆さんそれぞれが、ライトアップを見に行ったり木屋町で飲み屋さんを回ったりなど、夜の京都を満喫されていました。
翌日28日は朝8時半頃に本山に到着しました。御影堂の最前列はすでに埋まっていたのですが、中央から前の辺りはまだ余裕があったので、そこに座って参拝することができました。気温も、最高気温19℃と暖かく、過ごしやすい天候となりました。まさに参拝日和!
御満座の法要に先立って、9時からは鍵主良敬氏(真宗大谷派講師)による祖徳讃嘆が行われたほか、10時からの結願日中の法要は、御影堂に入りきれないほど多くの方々が参拝されていました。結願日中は、体を大きく前後に動かして念仏と和讃を繰り返す、真宗大谷派のみに伝わる声明「坂東曲(ばんどうぶし)」で勤まり、力強い念仏の声が堂内に響きわたりました。


各地から多くの参詣者が!鸞恩くんやあかほんくん、蓮ちゃんも大忙しです。
また、今回試論として別院教化審議会委員の堀川秀道氏に、団体参拝と合わせて出仕もできるかどうかということで、参加していただきました。
結果として、結願日中は問題なく出仕できましたし、一緒に参拝されたご門徒さんもとても喜ばれていました!来年度は出仕も含めて団体参拝を募ることを計画中です!

御満座のみ出仕者に配られるお弁当です!秋を感じさせる素晴らしい彩り…品数も豊富で実においしそうです!
お昼は祇園の「美登幸」にていただきました。また、四条通が近くにありましたので、少ない時間でしたが皆さんお食事を終えられると四条に繰り出して、お土産を買ったりお店を見て回ったりなどしておりました。

見事な籠盛!こだわり抜かれた絶品の京料理に涙が出ます、、、我を忘れ、写真を撮る前にお箸の巻紙を破きそうになってしまいました!
その後は臨済宗大本山の南禅寺に行き、石川五右衛門の伝説で有名な三門を皆さんでくぐり、代表的な枯山水庭園である方丈庭園を拝観しました!

で、でかい・・・。下から見ても絶景かな、ですね。南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼び、日本三大門の一つに数えられています。

方丈庭園。枯山水に真っ赤な紅葉が際立っています。三門の画像でもわかる通り、今年は紅葉の時期が少し遅れているみたいで、むしろ一番良い時期にもみじ狩りができたと言えるでしょう!

南禅寺境内にある、琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路、疎水も見てきました!正式名称は南禅寺水路閣(なんぜんじすいろかく)と言うそうです。赤煉瓦のアーチを思わせる水道橋は、歴史ある南禅寺のたたずまいに良くなじんで、風情があふれ出ています!
その後は、滋賀のホテルに移動し疲れを癒しました。
最終日は、真宗十派の福井の越前四ヵ本山のうち真宗山元派の證誠寺さんを参拝しました!


御影堂と阿弥陀堂の両堂を丁寧に説明いただきました。

さらにお茶の席まで設けて頂きました!おもてなしの心が染み入ります。

う、う、うまい、、、
その後昼食は、福井県鯖江にある「蕎麦処聴琴亭」で、十割そばをいただきました。

風情のあるのれん。そばのおいしさも10割増しです!
昼食後、道中富山の「ますのすしミュージアム」に寄ってお土産を買うなどしまして、皆さんそれぞれの家路につきました。

2泊3日という短い期間でしたが、その中で多くのご縁、出遇いをいただいたように思います。その出遇いの一つ一つがつながりとなって、また新たに出遇わせていただく。それが、真宗という仏道の歴史なのだと感じたことでした。
ご参加いただいた皆様、誠に有難うございました。来年も是非ご参加ください!
そして、今年は参拝されなかったというそこの貴方!!来年は必ずご参加ください!
2018年12月6日
廣河が「『歎異抄』に聞く」で話す-第十三章-
おや、今回タイトルが少し違うな?と思ったそこの貴方。冴えてますね!「廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。」第六回目、今回は番外編となります。かなり希有な体験をさせていただいたんですが、今回の御命日のつどい、元々お話頂く予定だった村山まみ氏がご都合により来られなくなり、その場合本来であれば御輪番か教区駐在教導さんにお願いしましてご法話いただくのですが、なんと2018年10月の28日は日曜日、つまり教務所は一律お休みなのです。ちなみにややこしいのですが、別院と教務所で、休日規定ほか、労務規定なども別々なのですね。なので御命日は別院職員のみの出勤だったのですが、なんと頼みの綱の斎木主任も都合によりお休み!おやおやこれはどうなることやらと、まるで他人事のように構えていた廣河でしたが、前日27日の夜に、主任からお電話・・・。胸騒ぎを覚えつつ話を聞きますと、不安は的中。『歎異抄』「第十三章」をお話してくれないかということでした。一瞬放心してしまいました。しかし、主任たってのお願い、断るわけにはいきません!承諾し、その日は一夜漬けで「第十三章」の勉強をし、28日御命日の集いに臨みました。今回の経緯はこんなところです。正直、一夜漬けで勉強した内容をお話するというのは非常に心苦しく、参詣に来られた方に申し訳ないなとも思いましたが、今までに勉強してきた知識、経験を総動員して、自分なりに精いっぱいお話させていただきました。

徹夜明け、満身創痍の廣河です。
『歎異抄』「第十三章」
弥陀の本願不思議におわしませばとて、悪をおそれざるは、また、本願ぼこりとて、往生かなうべからずということ。この条、本願をうたがう、善悪の宿業をこころえざるなり。よきこころのおこるも、宿善のもよおすゆえなり。悪事のおもわれせらるるも、悪業のはからうゆえなり。故聖人のおおせには、「卯毛羊毛のさきにいるちりばかりもつくるつみの、宿業にあらずということなしとしるべし」とそうらいき。また、あるとき「唯円房はわがいうことをば信ずるか」と、おおせのそうらいしあいだ、「さんぞうろう」と、もうしそうらいしかば、「さらば、いわんことたがうまじきか」と、かさねておおせのそうらいしあいだ、つつしんで領状もうしてそうらいしかば、「たとえば、ひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、おおせそうらいしとき、「おおせにてはそうらえども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしとも、おぼえずそうろう」と、もうしてそうらいしかば、「さてはいかに親鸞がいうことをたがうまじきとはいうぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといわんに、すなわちころすべし。しかれども、一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」と、おおせのそうらいしは、われらが、こころのよきをばよしとおもい、あしきことをばあしとおもいて、願の不思議にてたすけたまうということをしらざることを、おおせのそうらいしなり。そのかみ邪見におちたるひとあって、悪をつくりたるものを、たすけんという願にてましませばとて、わざとこのみて悪をつくりて、往生の業とすべきよしをいいて、ようように、あしざまなることのきこえそうらいしとき、御消息に、「くすりあればとて、毒をこのむべからず」と、あそばされてそうろうは、かの邪執をやめんがためなり。まったく、悪は往生のさわりたるべしとにはあらず。「持戒持律にてのみ本願を信ずべくは、われらいかでか生死をはなるべきや」と。かかるあさましき身も、本願にあいたてまつりてこそ、げにほこられそうらえ。さればとて、身にそなえざらん悪業は、よもつくられそうらわじものを。また、「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり」と。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」とこそ、聖人はおおせそうらいしに、当時は後世者ぶりしてよからんものばかり念仏もうすべきように、あるいは道場にはりぶみをして、なむなむのことしたらんものをば、道場へいるべからず、なんどということ、ひとえに賢善精進の相をほかにしめして、うちには虚仮をいだけるものか。願にほこりてつくらんつみも、宿業のもよおすゆえなり。さればよきことも、あしきことも、業報にさしまかせて、ひとえに本願をたのみまいらすればこそ、他力にてはそうらえ。『唯信抄』にも、「弥陀いかばかりのちからましますとしりてか、罪業の身なれば、すくわれがたしとおもうべき」とそうろうぞかし。本願にほこるこころのあらんにつけてこそ、他力をたのむ信心も決定しぬべきことにてそうらえ。おおよそ、悪業煩悩を断じつくしてのち、本願を信ぜんのみぞ、願にほこるおもいもなくてよかるべきに、煩悩を断じなば、すなわち仏になり、仏のためには、五劫思惟の願、その詮なくやましまさん。本願ぼこりといましめらるるひとびとも、煩悩不浄、具足せられてこそそうろうげなれ。それは願にほこらるるにあらずや。いかなる悪を、本願ぼこりという、いかなる悪か、ほこらぬにてそうろうべきぞや。かえりて、こころおさなきことか。(『歎異抄』真宗大谷派宗務所出版部)
【試訳】
人間の思慮を超えた阿弥陀の本願が「悪人を救う教え」であるからといって、悪を犯すことを恐れないのは「本願ぼこり」であり、「阿弥陀の浄土へ往生することができない」ということについて。この主張は、阿弥陀の本願への疑いであり、善悪の行為が人間の思いを超えた無数の条件や契機に促されていることを理解していないのである。善い行いをしようという思いも、善を促す無数の背景や条件から起こってくるものであり、悪い行いが心に浮かぶのも、思いを超えた無数の背景や条件がそうさせるのである。いまは亡き親鸞聖人は、「兎や羊の毛の先にある塵のような小さい罪(チラッと心をかすめるような悪意)を犯すのも、すべて思いを超えた無限の因縁が背景にあると感知すべきである」とおおせられた。また、あるとき聖人が「唯円房よ、あなたは私の言うことを信じ受け入れるか」とおおせられたので、「もちろんです」と申しあげた。そうしたところ、「それでは、私が言うことに背かないか」と、さらに重ねて念を押されたので、誓って背きませんと申しあげた。すると聖人は「それではまず、ひとを千人殺してみなさい。そうすれば、浄土への往生は決定するであろう」とおおせになった。それに対して「聖人のおおせではありますけれども、たとえ、一人たりとも私のようなものには殺せそうに思えません」と答えたところ、聖人は「それでは、どうして私が言うことに背かないと言ったのですか」とおおせられて、「これによって、わかるでしょう。すべてのことが、自分の思うままになるのであれば、浄土往生のために、ひとを千人殺せと言われたならば、ただちにそうできるはずである。しかし、一人たりとも殺してしまうような宿業の深い背景がないから、殺せないのである。私のこころが優しく善良であるから、殺さないのではない。また殺すまいと思っていても、百人はおろか、千人を殺してしまうこともあるのだ」とおおせになった。それは、私たちのこころが善ければたすかるような存在だと思い、悪ければたすからないような存在だと思って、自分の善悪の基準に固執し、広大な本願によって善悪を超えてたすけられることを知らない、ということを教えてくださったのである。以前、親鸞聖人のおられたころ、間違った考えに陥ったひとがあって、「悪を犯したものを、たすけようという本願なのだから、意識的に、好んで悪を犯して、往生のための条件とするのだ」と言って、さまざまに悪いうわさが聞こえてきたとき、聖人がお手紙に「薬があるからといって、あえて毒を好んではならない」と、お書きになったわけは、その誤った考えを正すためである。そう言ったからといって、悪事が往生の障害であるというわけではない。「もし、戒律をたもつことによってのみ、本願を信じられるのであれば、私たちは、どうして迷い苦しみの尽きない生活を離れることが可能であろうか」 とおっしゃった。このように愚かな身であっても、阿弥陀の本願に出遇うことができてこそ、ほんとうの自信と自尊心とを得ることができるのである。そうであるからといって、身に悪事を犯す条件が備わらなければ、自分勝手に悪事などは犯せないものなのだ。また、親鸞聖人は、「海川に網を引き、釣りなどの漁業をして暮らすものも、野山に鹿・猪・鳥を捕っていのちをつなぐものも、商いをしたり、田畠を耕して生きるものも、まったく同じことである。このように自己のいのちの底深くからもよおしてくる条件が与えられるならば、どのような行為をもするものだ」と語られたのだ。このごろは、自分こそが真の念仏者だというような振る舞いをして、善人だけが念仏することができるかのように考え、例えば、念仏の道場に、禁止事項を書いた紙を貼り、「○○のことをしたものは、道場に入ってはならない」などということは、ただただ外見には真面目な念仏の行者を装って、内心には虚偽をいだいているものではないのか。たとえ、本願に甘えて犯した罪であっても、それは人間には知り得ないほど深い必然性の作用なのである。そうであれば、善いことも、悪いことも、思いを超えた必然性を受け入れて、ただただ、本願にすべてをまかせて立ち上がることこそが、他力の教えではないであろうか。『唯信抄』にも、「私のように罪深い身が救われるはずがないと考えてしまうのは、阿弥陀の救済の力が、どの程度のものだと考えてのことだろうか」と言われている。阿弥陀の本願に甘えるこころがあってこそ、絶対他力にすべてをおまかせする信心も定まってくるのである。そもそも、悪業や煩悩を完全に断ち切ってから、本願を信ずるということであれば、本願に甘えることもなくてよいのであろう。しかし、煩悩を断ち切ったならば、それは仏に成ったということであり、仏のためには、どのようにしても衆生を救いたいという無上の本願も無意味だということになるであろう。「本願ぼこり」はよくないと批判している人びとも、実は煩悩を抱えておられることであろう。それはそのまま、本願に甘えているということではないのだろうか。どのような悪を、本願に甘える「本願ぼこり」というのか、またどのような悪が、本願に甘えないというのであろうか。本願ぼこりでは往生できないという主張は、実に幼稚な考えではないだろうか。
【語註】
本願ぼこり・・・阿弥陀の本願に甘えて、思い上がり、いい気になること。「悪人をたすけるのが阿弥陀の本願だ」と受け止め、あえて悪事を行い、阿弥陀如来に気に入られようとする邪説。
唯円は、「本願ぼこり」の主張を批判しつつ、「本願にほこる」ことが、他力の信心であると意味転換していく。
宿業・・・無始已来(むしいらい)の行為や経験の蓄積が、現在の自己となっているという存在理解が仏教の立場である。したがって、現在の行為や経験は、過去の行為や決断の結果の影響を受けるが、「現在」は、善悪の両面の可能性を孕(はら)んでいる。「過去」に対する自己の責任感と、「未来」に対する安心感を包んだ概念である。
御消息・・・『親鸞聖人御消息集』(広本)第一通(『真宗聖典』五六一頁参照)を指す。
持戒持律・・・仏教徒の守るべき規範(戒と律)を保つこと。代表的な規範として五戒(生き物を殺さない・盗みをしない・嘘をつかない等)がある。
『唯信抄』・・・聖覚(せいかく)(一一六七年~一二三五年)の著。法然門下であり、親鸞の兄弟子。親鸞は、この書を門弟に対してたびたび勧め、この書の注釈書として『唯信鈔文意(もんい)』を著している。
五劫思惟の願・・・阿弥陀仏が菩薩としてはたらく姿を、法蔵菩薩という。法蔵菩薩は、五劫という永遠の時間をかけて、一切衆生を救う願いを発した。その願いのこと。これは『仏説無量寿経』に説かれている。
煩悩不浄・・・煩悩と不浄は、同義語である。『教行信証』「真仏土巻(しんぶつどのまき)」には「心もし有漏なるを名づけて不浄と曰う」(『涅槃経』「徳王品」からの引用〈『真宗聖典』三〇七頁〉)とある。「有漏」は煩悩の異名。
『歎異抄』「第十三章」は「第九章」と同じく親鸞聖人と唯円房の会話パートがありますね。ここで聖人の仰られている「人を千人殺してんや」から始まる一節は、聖人が思いつきで述べた言葉というわけではなく、『央掘摩経(おうぐつまきょう)』というお経で言われる、央掘摩羅(アングリマーラ)のお話が背景、出典となっています。興味のある方は調べてみてください。
さて、「第十三章」は「本願を信じた人は悪を怖れることはないというのは、本願にあまえているのであって、往生できない」とする見解を正す、というところに焦点があります。「本願ぼこり」の問題ですね。「本願ぼこり」とは、悪事を犯したものをたすける本願があるのだから、意図的に悪事を犯そうとする人びとのことを言っています。このことは当時、親鸞聖人の「悪人正機説」を逆手に取る人たちが増えたことが、問題としてあったことに起因します。
「悪人であればこそなお、浄土に往生できるのなら
悪いことをわざとした方が浄土に行けるんじゃないか」
などと考える民衆が増加したのです。
このことを咎めて、著者は親鸞聖人の出されたお手紙『御消息集』から
「薬あればとて、毒をこのむべからず」と仰った聖人の言葉を引いています。
え(酔)いもさめぬさきに、なおさけをすすめ、
毒もきえやらぬものに、いよいよ毒をすすめんがごとし。
くすりあり毒をこのめ、とそうらんことは、
あるべくもそうらわずとぞおぼえそうろう」(『親鸞聖人御消息集(広本)』真宗聖典 五六一頁)
【試訳】
「酒を飲み、その酔いも醒めぬ人に、また酒を勧めることは
毒を飲み、その解毒剤も効かぬうちに、また毒を飲ませるように
いくら解毒剤があるからといって、毒を飲んでも大丈夫だというのは
根本的に必要のない考え方でありましょう。」
ここで、「本願ぼこり」の人びとを批判していますね。ところが、『歎異抄』著者の批判の焦点はそこにはありません。最後には「本願ぼこりといましめらるるひとびとも、煩悩不浄、具足せられてこそそうろうげなれ。それは願にほこらるるにあらずや。いかなる悪を、本願ぼこりという、いかなる悪か、ほこらぬにてそうろうべきぞや。」と述べて、「本願ぼこり」を批判している人びとにこそ焦点を当てています。
そしてまた、このような言葉ものこされています。
「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、
野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつなぐともがらも、
あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり。」
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」
人間の深い悲しみ、罪業性が、この一文で見事に言い当てられているように思います。
人間が、自分の頭で「こうしよう」「ああしよう」と、どれだけ計画したところで、何かの原因と条件が揃った時には、自分の意思を超えて、人は何をするか分からない。
ある日、人は、謂れもなく殺される日があるかも知れず、ある日、人は、謂れもなく人を殺す日が来るかも知れない。
「自分だけはそんな目に遭うはずがない」だとか、「自分だけはそんなことをするはずがない」と考えることは、「自分」が「自力」と約束しているだけの、根拠のないことなのでしょう。
私たちは、たまたま生まれ育った境遇や、現在の生活や人間関係が犯罪を促すようなものでないので、今は重罪を犯すことが思いもよらないだけなのです。もし、考えもおよばないような情況に追いつめられたり、犯罪を引き起こすような条件が周りにそろってしまったならば、自分も何をしでかすか分からない。このような罪業性をもつ我が身のあり方は、正しく「いずれの行もおよびがたき身」でしょう。そして、このような私だからこそ、救わずにおれないという弥陀の大悲に、頭が下がるということがあるように思います。
次回11月28日(水)の御命日のつどいでは、『歎異抄』「第十四章」をテーマに第15組光善寺の佐々木憲雄氏よりお話頂きました(過去形ですみません!)。この時廣河は、京都の真宗本廟(東本願寺)の御正忌報恩講団体参拝に引率として出張っていたので、代わりに子煩悩列座の小原暁さんに「『歎異抄』に聞く」を聞いていただきました!お願いし、記事も書いていただく予定です。番外編が続きますが、ご容赦頂ければ幸いです。
2018年12月2日
【調査】三条中央商店街でお歳暮は買えるのか?
お取り越し報恩講が終わり、御煤払い(おすすはらい)奉仕団が12月9日(日)の9時から12時まで行われます。お正月を迎えるための、一年最後の大掃除ということで、輪番によるご本尊の御煤払い、浄圓寺住職による親鸞聖人真向きの御影の御煤払いが行われた後、みんなで本堂内陣や天井などの高いところを含めて掃除をして、法話を聞いて、列座の作った豚汁を食べるという恒例行事ですので、ぜひご参加ください!

年末ということで、私(斎木)は三十代後半に突入したということで、お歳暮デビューしようと思い立ち、お取り越し報恩講でお世話になった三条中央商店街にお歳暮を買いに行きました。三条育ちで就職も三条別院であったため、知人はほとんど県内にいますので、やはり地元三条のものを送るしかありません!それならば、三条中央商店街で面白いものを探してみたいと思います!(註:お取り越し報恩講の商店街との反省会の中で、別院の行事に合わせて商店街の売り出しを行うなど、相互に宣伝しあう計画をしていますので、調査を兼ねた試論として捉えていただければありがたいです)

【ベジテーブル】でお茶をしながらお歳暮の作戦会議をする。まずは喫茶店からというのが、基本ではないでしょうか。

ベジテーブルで、「四季の定期便」のカタログを見せてもらいました。親切なのが、商店街のいいところです。

ベジテーブルで地場産業振興センターで「燕三条じばさん年末フェア」を12月2日(土)~3日(日)まで行っていると聞き、安直で行き当たりばったりの我々は、すぐ行ってみました。面白かったですが、本来の目的を思い出し、カレーを食べてから中央商店街に戻ってきました。

朝の人生講座でオリジナルコラボパンを作っていただいた【コロネット】も冬の装飾が美しい。はたして、パン屋にお歳暮にふさわしい商品はあるのでしょうか…???

【むさしや】で、クリスマスの装飾を見つめるダルマ。「御坊様とコラボ」という黄色いポップがあります。これは何だ???

店内のいたるところにサンタが。

サンタがこんなところにも…眠そう!!

洋菓子は仕込みが大変なので、入念に打ち合わせをしました!

冬の三条中央商店街はロマンティックな雰囲気。
いろいろと探してみましたが、最終的に決めたのは・・・
⓵ベジテーブル(四季の定期便)の三条の果物のジャムの詰め合わせ

三条の大島地区は果樹栽培が盛んで、地元の果物を使ったジャムを販売している。そして洋ナシのル・レクチェも名物。
⓶コロネットの酒かすガトーショコラと動物クッキー

酒粕ガトーショコラは、シュトーレンと同じで熟成するということで、こちらも日持ちする。

かわいい動物のクッキーも多数販売している。クッキーに文字入れをお願いしてみたところ、快諾していただきました!
⓷むさしやのシュトーレン

フランスで修業したパティシエの牧野浩久氏がつくる本格派シュトーレンは、伝統的な「フルーツ」と黒糖の「ジャポネ」の2種類がある。熟成するので日持ちします。500円の小さいサイズのシュトーレンには、別院の行事予定が印刷されています。年末は洋菓子だけでなく、和菓子やもちの注文も多く大忙しです!
お店の人たちは、忙しい中、こちらの無理な注文や質問にも丁寧に対応してくれて、非常に楽しかったですし、それぞれに装飾を工夫されていて歩いているだけでも面白いです!
街はクリスマスムードですが、仏教的には12月8日がお釈迦さまが明けの明星を見て悟りを開いたといわれる成道会(浄土真宗では特に行事はない)、そして御煤払い、12月31日には除夜の鐘、1月1日の修正会など、さまざまな行事がありますので、1年を振り返り、自分の煩悩をみつめながら、時に楽しく時にしんみりと過ごしてみてはいかがでしょうか。そんな時、三条別院—本寺小路—三条中央商店街が、一人でぶらぶらしたり、家族で歩いたり、デートで遊んだりできる一つの選択肢になるものと感じます。
最後に、長時間にわたる調査でつれあいが腹をすかせてしまったということで、【とんかつ三条】で食事をしました。



