どんな日も、どんな時代も、そばにある。

三条別院|浄土真宗 真宗大谷派
三条別院|浄土真宗 真宗大谷派

三条別院に想う

大津別院・高田別院・三条別院に想う

比叡谷 紗誓 氏(京都教区 近江第26組德乘寺 大津別院列座)

三条別院に最後にお参りさせて頂いたのは2007年の報恩講だった。高田の雅楽のお仲間と一緒に、私は三年ほど続けて寄せてもらった。初めて足を踏み入れたとき、何か、深い・遠いとすら感じたような気がするが、ただ本当に本堂の大きさに圧倒されたのかもしれない。
中越沖地震の後だったため、法要中に短い揺れがあった。輪灯が振れるのを見ながら、収まるのをただ願うしかできなかった。法要中に大きな地震が来たらどうするか、その場の判断で、回向に飛んでおつとめを終えることもあるかもしれない、と周りから聞かせてもらった。不測の事態の対処法を憶えておくことで、ほんの少しお勤め中の心構えになったと思う。

もともと実家の家族の会話には「べついん」がよく出てきて、車でちょっとの距離の髙田別院に私自身はあまり身を運んだことがなくとも、子供の時分から親しみがあった。
お寺の跡継ぎと結婚し(“お寺に嫁いだ”わけではない!)、滋賀県に住まいするようになってから気付いたのは、県内にも隣の京都府にも別院はいくつもあるものの、車でも電車でもどこも一時間程かかること。逆に言うとどこへも行けたので、機会を見つけては身を運んだ。所属寺に足が向かなかったその頃の私は、別院の本堂のような、誰もが座れる場を必要としていたのだと思う。そうやってお参りした長浜・五村別院でも多くの人と出遇わせてもらい、そして今は大津別院に奉職させて頂いている。
全国にある別院はそれぞれ由緒も歴史も違うが、その時その時代の人が何かを抱えながら身を置き、南無阿弥陀仏に出遇ってきた場だと思う。蓮如上人が仰っている「身をすてて、平座にて、みなと同坐(蓮如上人御一代記聞書)」する場になってきたなら本当に尊いことだ。立場を越え、老若男女の別なく、真に同朋平座がひらかれるよう、今の人、これから先の人のために、この場をつないでいきたい。それが、全国にいる、私たちのためなのではないだろうか。

○次回の「三条別院に想う」は、
堀川 慶樹 氏(第16組淨專寺)よりご執筆いただきます。

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