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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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三条別院に想う

オリンピックに想う(第10組 超願寺 戸次 輝 氏)

▲2021年7月23日、一年間延期されていた東京オリンピックが、感染症の流行がやまない緊急事態宣言下の東京で「無観客開催」となりました。8月8日までの日程で行われ、また、24日から9月5日までパラリンピックが実施されています。ハンドボール選手・コーチとして活躍された戸次輝氏(第10組超願寺)に、今回のオリンピックをどのように考えているか、執筆いただきました。


一年“も”の延期を余儀なくされたオリンピック。多くのオリンピアンたちにとって、この一年はとてつもなく長い期間だったに違いありません。この延期によって、競技生活を続けることが難しくなった者もいれば、反対に好機となって出場を掴んだ者もいます。新型コロナウィルス(以下、コロナ)禍中でのオリンピック開催から今想うことについて、拙稿したいと思います。

 

想えば、2020東京五輪はトラブル続きでした。五輪ロゴの盗作問題に始まり、新国立競技場建設費の莫大化、そして組織委員会長の交代。また、最後の最後までコロナ禍での開催への賛否でした。断固開催を掲げ、スポーツのチカラを信じて止まないオリンピック信者たちの言い分に多くの人が首を傾けたことでしょう。

 

スポーツには、スポーツの「さ・し・み」という三大基盤があります。それぞれの頭文字を取った言葉です。「さ」は支える。「し」は知る。「み」は観る。これらを基盤としてスポーツは成り立っているという考え方です。スポーツは決してプレーする人たちだけのものではありません。「選手ファースト」なる考え方もありますが、スポーツへの関わり方というものも多様化しています。特に、オリンピックはボランティアの方々の支えがなければ始まりません。また、オリンピックを機に、新しいスポーツを知る、興味を持つということがあるかもしれません。そして、スポーツをしない人であっても観るという楽しみを持つ者もいます。スポーツをしない人もできない人も何かしらで関わり合ってスポーツは成り立っているのです。

 

今回の2020(2021)東京五輪は連日のメダルラッシュでしたが、同時にコロナ感染者は今なお増え続けています。その中で、日本代表選手の多くが勝ち負けに関わらず、このコロナ禍で五輪開催できたことへの感謝を口にしていました。感謝と尊敬の念を持ってプレーすることがまさにスポーツマンシップであり、その姿に観る者は感動するとも言えます。五輪選手たちの感謝や嬉しさ、お礼の言葉は、決して一人で戦っているのではないことに気付いたからこそ発せられるものだと思います。多くの人々が不安の只中にあり、それでもこうして五輪開催できたことは、その多くの人々の支えによってであると、まさしくおかげさまの心の実感です。

 

一方、お寺でコロナによる仏事法事の減少や縮小が一層目立つようになりました。このような状況下だからこそ、仏事法事の意義を再確認しなければなりません。「疫癘の御文」には、南無阿弥陀仏と申すその心を「御ありがたさ」「御うれしさ」「御礼のこころ」と表現しています。阿弥陀様の光に照らされている、そのおかげさまで私たちがあるのだと、これまでの当たり前な日常を奪われつつある今だからこそ再確認できるのではないでしょうか。このコロナ禍に、私たちもおかげさまで今こうして生かされていることをあらためて実感しなければなりません。そのことに私たち僧侶は、仏事を機縁として御門徒様と共に気付き、歩んでいきたいと思います。

戸次 輝 氏(第10組超願寺)


○次回の「三条別院に想う」は、

 

泉 美樹子 氏(第23組慶誓寺)より

 

ご執筆いただきます

 

【次回は特別編⑱新型ウイルスと薬について】

▲新型ウイルス感染症のワクチン接種がはじまり、また治療薬の研究もすすめられているということで、薬学についての関心も高まっています。そんな中、ジェネリック医薬品の不祥事により、製薬会社からの通常の医療の薬の供給が滞る等、私たちの生活がいかに薬と密接な関係にあるか改めて考えさせられる昨今です。次回は現役の薬剤師で慶誓寺坊守の泉 美樹子 氏に、新型ウイルス感染症流行下で考えられていることを執筆していただきます。

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