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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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最新情報
NEWS

2018年7月19日

行事報告

別院庭講が真夏の庭視察!

7月18日(水)に、三条別院庭講(米山久雄代表)が、別院の庭整備の研究のために、寺泊聖徳寺、行形亭(いきなりや)、旧斎藤家別邸、木揚場教会を訪れました!刺激的な内容で、さまざまなイメージが湧き、岐阜県では40度を超えたというニュースが流れて熱中症で倒れそうなそんな中でも、庭からの涼しい風に吹かれて、メンバーで真剣に語り合いました。

聖徳寺の歴史等も説明を受ける。

ご住職から庭の説明を受ける。

聖徳寺の寺庭。

聖徳寺での記念撮影。

曽我量深師が訪れたこともあるという。

行形亭 (いきなりや)で食事。

行形亭 (いきなりや)にて。

行形亭 (いきなりや)にて記念撮影。

行形亭 (いきなりや)の庭。

行形亭 (いきなりや)の池

狸の焼き物が粋だ。

旧斎藤家別邸の二階からの景色。砂丘を利用したという庭。

廊下に畳がしいてあり、くつろげるようになっている。

旧斎藤家別邸は庭が歩けるようになっている。

木揚場協会にて。句仏上人の書。

本山に送る材木にこの焼き印を押したという。

庭講は毎月13日に開催しています(8月は休会)。今回の研修を参考に書院から覗く庭を中心に、三条別院の庭を整備していきますので、参加したい方はぜひ三条別院までご連絡ください!

2018年7月17日

最新情報 行事のご案内

三条別院朝の人生講座2018の講師が決定!

今年も4日間、夏の御文にあわせて、朝の人生講座を開催します!

期間中の午前6時からお勤め、法話。朝食に三条別院とBakery & Sweets Coronet(コロネット 三条市本町)が協力し開発した人生講座特製パン(先着50名)を配布いたします。今年はどんなパンが開発されるのか???


テーマは生老病死の「老」。それぞれ20代、30代、40代、50代の講師にお話しいただきます。
8月23日(木) 護念寺(新潟市西区)  細川 敏祐貴 氏(20代僧侶)
8月24日(金) 淨念寺(新発田市五十公野) 廣瀬 清和 氏(30代僧侶)
8月25日(土) 善行寺(長岡市宮原) 鷲尾 祐子 氏(40代僧侶)
8月26日(日) 福正寺(上越市吉川区) 矢嶋 一樹 氏(50代僧侶)

とりあえず告知です。

2018年7月16日

最新情報

夜の本堂(7月7日)の動画【試論】

七夕の本堂の動画をホームページに載せてみました。

↓↓↓↓↓↓

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2018年7月11日

最新情報

井上円了師百回忌法要が勤修される!

7月10日長岡市の真宗大谷派慈光寺にて井上円了師の百回忌法要が新潟親鸞学会主催で勤められました。

井上円了は「妖怪博士」、「東洋大学の創始者」として知られていますが、意外と知られていないのは、明治維新の神仏分離・廃仏毀釈・西欧の思想技術の流入・キリスト教布教の攻勢などで困惑を極める仏教会において、仏教の面目を示し、仏教者に自信と活力を与えた近代日本を代表する宗教界、哲学界の第一人者だという井上師の本質です。

法要の後、竹村 牧男東洋大学学長の挨拶と長谷川琢哉氏(親鸞仏教センター研究員)の講話があり、今後は新潟親鸞学会・東洋大学・親鸞仏教センターと協力して、円了師の事績の顕彰と研究を行っていくということです。

長谷川琢哉氏の講話。

列座も法要に出仕。

新潟日報(7月11日)の記事。

2018年7月10日

「『歎異抄』に聞く」を聞く

廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く。 -第九章-

先月から連載がスタートした「廣河が「『歎異抄』に聞く」を聞く」。今回も聞かせて頂きました。拙筆で消え入る思いですが、まとめさせて頂きます。

6月28日(月)に宗祖御命日日中法要が勤められました。その後の御命日のつどいでは、一昨年から『歎異抄』をテーマに、第一章から順にご法話を頂いています。今回は佐渡組廣永寺(佐渡市相川羽田町)の大久保州氏に、『歎異抄』「第九章」を主題にご法話頂きました。

講師の大久保州氏。熱く「第九章」をお話頂きました。

 

『歎異抄』「第九章」

一 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜の心おろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさえて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へ急いそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土は恋しからずそうろうこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなまし」と云々(『歎異抄』真宗大谷派宗務所出版部)

 

『歎異抄』「第九章」は、念仏の身に感じられる「歓喜」とは何かということを、対話形式で展開されます。すなわち、親鸞聖人と唯円房なる人物の対話です。この唯円房とは何者か。諸説ありますが、この『歎異抄』の著者ではないかと考えられている人物です。以下、『歎異抄』(真宗大谷派宗務所出版部)より抜粋。

 

親鸞聖人の壮年期の二十年にわたる教化によって、関東の地に数千人にのぼる念仏者が誕生したと推測されています。その念仏者たちは、生活する地域を中心に、例えば「高田門徒」と呼ばれるような集まりを作っていました。その集まりの中で指導的な立場にあった人たちの名が、聖人の門徒名簿と理解される『親鸞聖人門侶交名牒』に、六十数名伝えられています。

その中に、河和田(現在の水戸市の西郊)の唯円という人がいますが、『歎異抄』の第九章にも名の出てくるこの人が、『歎異抄』の著者であると理解されています。(『歎異抄』 文章:寺川俊昭 真宗大谷派宗務所出版部 六三頁)

 

『歎異抄』は著者未詳なので断定はできないですが、引用文にある理由のように唯円の名が作中に出て会話の表現があることや、本文の記述から聖人在世中の弟子であること、そして東国門徒であることから、著者は唯円ではないかと推測されているようです。他に如信説や覚如説があります。

さて、ご法話では大久保氏のこれまで出遇った人々や言葉を経典の言葉に尋ねながら、「第九章」が語られました。

「無碍光如来」を、きって読むとしたらあなたはどこできりますか?

無碍光如来とは、阿弥陀如来のことです。「無碍光如来」をきって読むとしたら、みなさんどこできりますか?「無碍光」「如来」で、きるんじゃないでしょうか。私はそうでした。しかし親鸞聖人の場合、「無碍」「光如来」とすると大久保氏は言います。つまり、「無碍光」と「如来」できると「碍(さまた)げの無い光」を放つ「如来」という風に、如来なる人物がいるかのように表現できます。しかし親鸞は「無碍」「光如来」できることにより、光そのものが如来であるとするのです。如来は光であり、法であり、真実である、智慧の光であると。そして、その光によって人間存在全体が破られるということのないところには、仏も如来もないと大久保氏は続けます。つまり我々は知識として、自分が凡夫であり、煩悩の身を生きていると、本とか、講義とか、法話などを聞き学んで理解しています。理解の中に収めてしまっている。しかしそれは、知識はあっても見識にはならない。頭の中でわかった気になっても、身にはならないわけです。お寺で法話を聞いて良い話だなあと、そのとき思ったとしても、家に帰ったらすっかり忘れているという経験はありませんか。私はしょっちゅう忘れてばかりです。腑に落ちないのです。

そこに、破られるということ、真実に出遇うということがいわれるのです。それは、例えば光顔巍巍と光り輝く釈尊に出遇った仏弟子阿難のように、また、「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし。」と述べる法然上人に出遇われた親鸞聖人のように。この出遇いは、ただ一人の人間が、一人の人間に会った、ということではないのです。親鸞聖人は、法然上人と出遇い、その中に生きている阿弥陀なる無限のいのちに出遇われた。そこではじめて、煩悩、凡夫ということが自分の問題として照らされるのではないでしょうか。他人事でなくなるのではないでしょうか。凡夫の仏道としての歩みが、そこから始まるのでしょう。

曇鸞著作『浄土論註』の一節。ジメジメとした泥の中でこそ綺麗な花を咲かせる蓮華は、仏教の伝統の中で大切にされてきました。

大久保氏は他にも、どこに生きるのかという郷の問題を提示しました。つまり、あなたは娑婆を生きようとしているのか、浄土を生きようとしているのか、本当に生きるべき郷とは何かという問題です。「九章」の本文においても、「流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土は恋しからず」というように、真実の出遇い、法然上人に出遇われ凡夫の仏道を歩まれた親鸞聖人であっても、煩悩にまみれた娑婆世間を中々捨てられないし、生まれ往きたことのない浄土は恋しくない、往きたいという気持ちが湧かないと仰られています。

ここで終われば、浄土真宗という仏道は暗いままですが、ここで逆転の発想というか、転換するところに、親鸞聖人の思想の有り難さがあるように思います。すなわち、「まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。」と述べて、娑婆が捨てがたい、浄土が恋しくないというのも、すべて煩悩によるものであって、だからこそ阿弥陀如来の建てられたすべての衆生を救うという大悲の誓願は頼もしく、浄土に往き生まれることが決定された身となる、ということがいよいよハッキリと証されるというのです。

そんなこと言われても、素直に信じられますでしょうか。私はこの「九章」を最初読んだとき、これは本当だろうか、ズルではないかと思ったものです。(私が真実に出遇ったかどうかは全くわからないですが、)要するに真実の出遇いがあったとしても、そこで救われて終わりではないのですね。仏道を歩み始めて、むしろそこから念仏者としての在り方が問われる。親鸞聖人がそうであったように、人間の疑いの心、もっと言えば仏の智慧を疑う心は決して消えることはない。しかしその疑いをもって、仏との縁を持つのです。真実に出遇い、浄土を生きようとする者が、疑いの心によって娑婆に引き戻され、しかし疑いの自覚、煩悩の自覚によって、また浄土を生きようと願う。救われることが喜べないということを助縁として、喜びの道に出してもらうのです。こういうところに、本当に生きるべき郷に生まれよ!という呼びかけが、あるように思います。

 

法話の要点をまとめる形としました。次回7月28日の御命日のつどいでは、『歎異抄』「第十章」をテーマに專行寺の木村邦和氏よりお話頂きます!どうぞお誘い合わせてお参りください。

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