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三条教区・三条別院 | 浄土真宗 真宗大谷派
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親鸞聖人上陸の地

親鸞が越後で初めて足を踏み入れたのが、現在の新潟県上越市です。その足跡を訪ね歩くと、教えに触れ、念仏の教えに帰依した多くの人々の歴史を知ることができます。

親鸞は、承元元年(1207年)35歳のときに朝廷より念仏の弾圧をうけ、ここ越後に流罪の身となりました。『親鸞聖人御一代記』によれば、親鸞は、親不知の難所をこえて同年3月28日に居多ヶ浜に到着しています。赦免はそれから5年後のことですが、親鸞は関東へ向かうまでの約7年間を越後で過ごしました。恵信尼との結婚、そして越後での生活は、親鸞の思想に深く影響しているとされています。また、親鸞の足跡を求めてこの上越を訪ね歩くと、親鸞の教えに触れ、念仏の教えに帰依してきた多くの人々の歴史に感銘をうけずにはおられません。ここでは、親鸞と恵信尼のゆかりの地を紹介していきます。

協力:各寺院関係者と新潟親鸞学会、大場厚順氏
参考図書:大場厚順著『越後の親鸞-史跡と伝説の旅』(新潟日報事業社)

居多ヶ浜
(こたがはま)

居多ヶ浜

越後に流罪になった親鸞が木浦(現在の糸魚川市能生)から舟に乗り、上陸した浜として伝えられている。

新潟県上越市五智

居多ヶ浜記念堂
(こたがはまきねんどう)

居多ヶ浜記念堂

親鸞上陸の地を記念して昭和42(1967)年に建立された記念堂。親鸞の木像を安置する八角堂や石碑がある。

新潟県上越市五智6丁目3-4
電話:025-543-0536
開館:3月15日〜11月30日 9:00〜17:00

居多神社
(こたじんじゃ)

居多神社

親鸞は上陸の後、居多神社を参拝し、六字名号に「末遠く法をまもらせ居多の神、弥陀と衆生のあらむ限りは」と一首添え供えたという。その親鸞の教えに感化されて、葉が片方だけを向いてなびいたといわれている。

新潟県上越市五智6丁目1-11
電話:0255-43-4354
開館:要事前連絡

五智国分寺 竹之内の草庵
(ごちこくぶんじ たけのうちのそうあん)

新井別院

親鸞が1年ほど生活する間に使っていた養爺清水が今も湧き出る。また、草庵を去る際、鏡ケ池に自らの姿を映し刻んだと伝わる親鸞座像がある。

国分寺
新潟県上越市五智3丁目20-21
電話:0255-43-3069
開館:境内自由(12〜3月は本堂を拝観したい場合は要連絡)

本願寺国府別院 竹ヶ花草庵跡
(ほんかんじこくふべついん たけがはなそうあんあと)

本願寺国府別院 竹ヶ花草庵跡

竹之内の草庵の後に親鸞が移り住んだ草庵で、妻の恵信尼とともに越後の人々と生き、念仏の教えを深めた。現在は浄土真宗本願寺派(西本願寺)の別院である。

本願寺国府別院
新潟県上越市国府1丁目7-1
電話:025-543-2742
開館:9:00〜17:00

上野山 国府 光源寺
(うえのざん こくふ こうげんじ)

上野山 国府 光源寺

親鸞が流罪赦免の際に自ら写されたとされる「御満悦の御真影」がある。左手が上にあがっているため「左上御影」ともいわれ、全国でも数点しか見られないものである。

光源寺
新潟県上越市国府1丁目4-1
電話:025-543-4263
開館:拝観は要連絡

歓喜踊躍山 浄興寺
(かんぎゆやくざん じょうこうじ)

歓喜踊躍山 浄興寺

親鸞が「『教行信証』」を書きあらわした際に、完成の歓びを寺号にあらわし「歓喜踊躍躍山浄土真宗興行寺」略して浄興寺と名付けたという稲田(茨城県笠間市)浄興寺に由緒を持つ。浄土真宗浄興寺派本山。本堂は国指定重要文化財である。

浄興寺
新潟県上越市寺町2丁目6-45
電話:025-524-5970
開館:9:00〜16:00

高田別院
(たかだべついん)

高田別院

1730年に幕府の新寺建立停止政策の中、8年間に及ぶ門徒たちの嘆願によって始まった真宗大谷派の別院。地域の250あまりの寺によって今も大切に守られている。

高田別院
新潟県上越市寺町2丁目24-4
電話:025-523-2465
開館:9:00〜17:00(説明を聞きたい場合は要連絡)

延命山 本覚坊
(えんみょうざん ほんがくぼう)

延命山 本覚坊

浄土真宗に帰依した大和守宗道が、越前(福井県)和田に興したことに始まる大谷派寺院。戦乱をさけ天正4 (1576)年、現在の下野田に落ち着き、以降、火災にあっていないことから貴重な真宗関係資料が多く所蔵される。

本覚坊
新潟県上越市下野田266
電話:0255-25-5909
開館:拝観は要連絡

新井別院
(あらいべついん)

新井別院

1684年に置かれた新井掛所に始まる真宗大谷派の別院。3度の風水害と3度の火災にあいながらも、そのたびに地域の寺院と門徒により再建がなされている。樹齢700余年の老杉で彫られた恵信尼の像を安置する恵信尼公堂がある。

新井別院
新潟県妙高市下町5番3号
電話:0255-72-2519
開館:8:30〜17:00(説明を聞きたい場合は要連絡)

恵信尼公廟所
(えしんにこうびょうしょ)

恵信尼公廟所

親鸞の妻、恵信尼の墓所。恵信尼は晩年、この地で生活していた。現在は本願寺国府別院の飛地境内地(別邸)となっており、毎年6月に恵信尼公法要が行われる。
また隣接した「ゑしんの里記念館」では「恵信尼文書」や「恵信尼伝絵」など、ゆかりある資料が展示され、恵信尼の生涯について知ることができる。レストランや特産品販売コーナーも併設されている。

恵信尼公廟所
新潟県上越市板倉区米増27番地4
電話:0255-81-4541(ゑしんの里記念館)
http://eshin.org/

三葉勧学精舎 正念寺
(さんようかんがくしょうじゃ しょうねんじ)

三葉勧学精舎 正念寺

江戸時代に真宗学の学寮を設けていた由緒ある寺院。現在は本願寺派(西本願寺)に属する。三葉勧学とは、江戸後期の住職であった興隆・僧朗・慧麟の親子三代が勧学(当時の教学の最高の階位)となっていたことをあらわすものである。

正念寺
新潟県妙高市姫川原279
電話:0255-72-2858
開館:見学は要事前許可

関山神社・関山仏足石・関山石仏群
(せきやまじんじゃ・せきやまぶっそくせき・せきやませきぶつぐん)

関山神社・関山仏足石・関山石仏群

妙高山は別名「須弥山(しゅみせん)」といわれ、古来より信仰のあつい山であり、関山神社の御神体は、昭和36(1961)年に新羅仏と確認された。関山仏足石は、神社の境内近くに祀られた石で、釈迦の足裏を刻んでいる。関山石仏群は、妙高堂近くに25体ほどの石でできた仏がかたまって置かれている。石仏が地中から現れ出でた感じがし、風雪で削られた仏の表情は愛らしささえ感じる。

関山神社
新潟県妙高市関山4804
電話:0255-72-5111(妙高市役所)

赤倉温泉 赤倉ホテル
(あかくらおんせん あかくらほてる)

赤倉温泉 赤倉ホテル

親鸞が発見したという言い伝えも残る赤倉温泉。赤倉ホテルでは毎年11月、念仏の教えを聞く人々が宿泊に訪れ、法話を聞くお講「有縁講(うえんこう)」が開かれている。ホテルのロビーには大きなお内仏(仏壇)が安置されている。
※有縁講についてはこちらをご参照ください。

赤倉ホテル
新潟県新潟県妙高市赤倉486
電話:0255-87-2001

山寺薬師
(やまでらやくし)

山寺薬師

恵信尼の父・三善為教(みよしためのり)の子孫と言われる三善讃阿(みよしさんあ)が寄進した薬師如来座像と釈迦如来像と阿弥陀如来像が安置されている。京都の仏師が造ったとされ、室町期の仏像の特徴をよく示している。参道には樹齢700年の杉並木がある。

山寺薬師
新潟県上越市板倉区東山寺

小黒 専敬寺
(おぐろ せんきょうじ)

小黒 専敬寺

親鸞の子・小黒女房ゆかりの地に建つ真宗大谷派の寺院。貞観2(860)年、真雅僧正(しんがそうじょう)が真言宗の寺として創立したと伝えられ、当時の住職が親鸞の弟子となり浄土真宗に改宗した。本堂は総ケヤキ造りで長さ18間(約32m)の新潟県内最大級の大きさである。

専敬寺
新潟県上越市安塚区小黒1212
電話:025-592-2140
開館:拝観は要連絡

尾神嶽
(おがみだけ)

尾神嶽

明治期の東本願寺・御影堂と阿弥陀堂の両堂の再建では、門徒や地域の住民の手によって全国各地の山林から大きな樹木が用材と切り出された。巨木を運搬する際、事故が発生することもあったが最も大きな事故が起こった地がこの尾神嶽であり、大雪崩で27名が亡くなる大惨事となった。犠牲者の中には2歳から4歳の幼児も含まれており、家族総出で運搬に携わっていたことがわかる。事故が起こった場所には「尾神嶽殉難の碑」が建てられている。

尾神嶽
新潟県上越市吉川区尾神(地図はおおよそです)
電話:0255-24-3913(高田教務所)
または0255-47-2221(スカイトピア遊ランド)
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